ベースボール白書

野球観戦、野球考察。活字ベースボールを届けます。『WBC 球春のマイアミ』をリリースしました。

野球コラム

野球の「ラッキーセブン」〜7回が持つ揺らぎと希望、野球に刻まれた浪漫

野球を見ていると、ときどき理屈を超えた流れの変化に出会うことがある。試合は淡々と進んでいるようで、ふとした瞬間に空気の向きが変わり、プレーの重さが変わる。その象徴として語られてきたのが「ラッキーセブン」 7回に差しかかると、球場のどこかがざ…

長嶋茂雄という物語の続き—「長嶋茂雄賞」設立案

2025年6月3日。その報せは静かな朝を、野球界の芯を揺らした。 ミスタープロ野球・長嶋茂雄さんの死去。享年89(やきゅう)という数字が、長嶋さんが生粋の野球人であった宿命を物語る。 ここで長嶋茂雄さんの功績を伝えるのは難しい。現役時代を知らない自…

野球のライト(右翼手)の詩学〜空を貫く光を放つ者たち

外野の中で、ライトは“投げて止める”役回りだ。広さに名を馳せるセンターに目が行きがちだが、三塁への最長送球と、本塁を守る最後の矢を握るのは右翼手。強肩のライトは、ときに投手から“内野手”に見える。二・三塁に走者を置いても、前進捕球からのバック…

『フィールド・オブ・ドリームス』〜夕暮れのグラウンドの赦し、ヘッドライトの川を越えて

『フィールド・オブ・ドリームス』(1989)は、フィル・アルデン・ロビンソン監督・脚本によるファンタジー・ドラマ。原作はW.P.キンセラ『シューレス・ジョー』 舞台はアイオワのトウモロコシ畑。主人公レイ・キンセラ(ケビン・コスナー)が“声”に導かれ、…

WBCとNetflix〜地上波から離れていく野球中継、その先にあるもの

東京ドームで観た2023年WBCの開幕戦 来年3月、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)がやってくる。侍ジャパンが再び世界を相手に戦う舞台だ。だがその光景をテレビのチャンネルを回して探すことはできない。地上波は沈黙し、代わりに浮かび上がるのはN…

『栄冠は君に輝く』夏空に響く甲子園、高校球児の汗を束ねた旋律

夏の甲子園には、始まりを告げる音楽がある。アルプスに並ぶブラスバンドのラッパが鳴るよりも早く、開会式のスピーカーから流れてくる旋律。『栄冠は君に輝く』である。 その旋律は、行進曲のように明るくもなく、軍歌のように威圧的でもない。どこか静かな…

甲子園、深紅の大優勝旗〜燃え尽きた夏を照らす永遠の到達点

夏の甲子園を制したチームに授けられるのが、正式名称「大深紅旗」、通称「深紅の大優勝旗」である。春のセンバツに用いられる「紫紺旗」と並び、高校野球を象徴する存在だ。紫紺が芽吹きの季節にふさわしい静けさを帯びる色とすれば、深紅は真夏の太陽に映…

甲子園の土〜夏を刻む舞台、踏みしめられた記憶

無数のスパイクに踏みしめられる甲子園の土は、汗や涙、歓喜、悔しさ、すべてを受け止める。甲子園の土は「生きもの」とも言われる。乾いて硬くなれば打球は速くなり、少し動くだけで土埃が舞う。そこでグラウンドには散水を行い、弾力のある状態を保つ。厚…

甲子園の芝生ー歓声の下で揺れる芝、球児を受け止める緑

甲子園球場が開場した1924年、そのグラウンドは一面の土だった。白線が引かれ、黒土が広がるだけの舞台。二年後には、外野にクローバーなどの草が自生し、芝の代役を果たすようになる。 やがて1928年から翌29年にかけて、外野に本格的な芝が張られ、甲子園は…

甲子園かちわり氷〜炎天下の救い、掌に溶けた夏、スタジアムの命水

甲子園には、ひとつの名物がある。それが「かちわり氷」だ。 かちわりは、大きな純氷を小さく割ったもの。袋に入った氷を口に含み、溶けた氷水を飲む。あるいは額に乗せて涼をとる。真夏の直射日光が照りつけるスタンドで、これがなければ観戦そのものが危う…

甲子園アルプススタンドの記憶〜声で戦う者たち、背番号なきユニホーム

高校球児は甲子園のグラウンドを目指す。その夏のすべてを懸けて、マウンドへ、打席へと歩みを進める。 同じ時間、同じ夢を背負って目指す場所がもうひとつある。それがアルプススタンドだ。選手の家族も、仲間も、応援団も、校歌を知る者も、があの場所に集…

甲子園のヒマラヤスタンド〜アルプスの対岸、グラウンドを見下ろす小さな山脈

野球の外野席というのは、値段が安い。誰にでも開かれている。 甲子園もそうだ。アルプス席のように学校ごとに色づけされることもない。そこにあるのは、ただ野球が見たいという欲望だけだ。 夏の全国大会、第22回大会の昭和21年(1936年)には外野スタンド…

甲子園の浜風〜スコアに残らない主役、球を戻し、夏に揺れる

勝敗を分けるのは、バッテリーの配球でも、監督の采配でもなく、甲子園に住みついた風そのものだったりする。 甲子園の歴史を振り返れば、浜風が試合を支配した場面は数えきれない。けれども記録には残らない。スコアブックに風向きを書く欄はなく、公式記録…

甲子園のスコアーボード〜沈黙の証人、九つのマスに閉じ込められた物語

真夏の陽射しを浴びながら、数字だけを静かに刻み続ける甲子園のスコアボード。そこには、延長戦での死闘も、一瞬の逆転劇も、歓喜と涙の入り混じる物語も、すべてが簡潔な数字として収まっていく。その数字の背後には、幾度となく姿を変えながら時代を歩ん…

甲子園球場のサイレン〜夏を閉じ込めた16秒、銀傘の下、あの夏を呼び戻す

写真はイメージ図 春と夏の甲子園で鳴り響くサイレンは、内野席を覆う銀傘の下に設置されており、試合開始前や終了後に鳴る甲子園の風物詩だ。正式には、試合前のシートノック、プレイボール、ゲームセット、そして8月15日正午の計4回、放送室にいるウグイス…

甲子園球場「銀傘」:聖地を見守る銀色の大屋根

甲子園球場が開場したのは1924年(大正13年)8月1日。そのときから、一塁側から三塁側までを大きく覆う半円形の屋根がスタンドの上に架けられていた。 金属の骨組みにトタン板を張ったその構造が、陽光を受けて銀色に輝くことから、やがて人々はそれを「銀傘…

甲子園のツタ、緑の衣をまとう聖地、外壁を覆う青春の色

高校野球の聖地・甲子園球場。そのシンボルが、外壁を覆う蔦(ツタ)だ。使われているのは、ブドウ科のナツヅタで、季節ごとに違った表情を見せる。常緑樹のため、冬でも緑の葉を蔓(つる)に残す。日陰になりやすい場所では、日陰に強いキヅタという別種も…

野球のレフト(左翼手)の真価 〜 静かなる外野の守護者

外野の中で、レフトは一見地味に見えるかもしれない。ライトやセンターのような遠投や広い守備範囲が注目される場面は少ない。しかし、試合の流れを変える一瞬は、レフトにも訪れる。2009年WBC決勝戦の内川聖一、2023年WBC準決勝の吉田正尚の守備はチームを…

野球のエース、背番号1の奥にあるもの〜左腕の投影、永遠がそこにいた

陽炎のように揺れる内野の向こうで、ひとりの投手が立っている。 帽子の庇を深く下ろし、マウンドを蹴る足に力を込める。8月の風が、背中に貼りついたユニフォームの「1」をなぞっていく。 その投手を、我々は「エース」と呼ぶ。 数字で言えば「1」という背…

サウスポーという物語〜世界を逆から投げる者たち

150キロの球速が珍しくなくなった今でも、左腕が150を超えると騒がれる。速球の価値が変わったわけではない。それを放つ腕の“向き”が、野球という風景の中で異質に見える。 サウスポー。 それは、野球における、ひとつの物語装置のような存在である。 「サウ…

同点ホームランと逆転ホームラン

野球を観て泣いたことが2回ある。最初は中学1年生だった96年。オリックスが地元優勝を決めた試合。1点差で負けている9回裏2アウト、代打D・Jがライトスタンドに放った同点ソロ。2回目は去年のWBC準決勝、吉田正尚が7回裏に放った同点スリーラン。逆転ホーム…

二刀流の申し子〜大谷翔平の50-50の凄さ

ドジャースの大谷翔平が本塁打50本、盗塁50個の50-50 (フィフティー・フィフティー)を達成した。日本のプロ野球では聞くことがない珍しい記録だ。そもそもホームランを50本以上打つ打者が現れるのも数年に一度のレアケースであり、盗塁を50以上するのもかな…

野球はなぜチームスポーツなのか?

野球がチームスポーツであることは自明である。その理由は複数人で行うからではない。勝利を目指し、時には個人の記録を犠牲にするからだ。 ただし、送りバントという分かりやすい自己犠牲のことではない。見る側には分からない、もっと奥の深い駆け引きが野…

球場が違う不公平こそ野球のアイデンティティ

2021年の夏、奈良の実家に帰省したとき、関西テレビで巨人・阪神戦を清原和博氏が解説していた。ルーキーながらホームラン20本を放っていたタイガースの佐藤輝明を「東京ドームなら楽に40本打てる」と評していた。 確かに甲子園は浜風の影響でライト方向の打…