ベースボール白書

野球観戦、野球考察。活字ベースボールを届けます。『WBC 球春のマイアミ』をリリースしました。

第6回WBC2026〜球春のマイアミ2.0、20年目の侍ジャパン

WBC 球春のマイアミ2.0〜20年目の侍ジャパン

1万5869人。

侍ジャパンの物語は、閑古鳥の鳴く東京ドームから始まった。

2006年3月。奈良・桜井市から双子の弟と深夜バスに揺られ、まだ輪郭の定まらない新しい大会へ向かった。サッカーのワールドカップに匹敵する祭典になる。そんな希望と期待に胸を高鳴らせながら、夜明けの高速道路を走った。

ふたを開ければ大会最低観客数。広いドームに空席が目立ち、応援団の「ニッポン」コールが、虚しく反響していた。チケットの入手困難が当たり前になった現在からは、想像もつかない静かさの絶景だ。

あの中国戦から20年。第6回WBCがやってくる。

回を重ねるごとに大会の輪郭はくっきりとし、視線は濃くなり、名簿に並ぶ名前は、より豪華になった。侍ジャパンは、あの歓喜を再び日本にもたらし、新たな神話を紡いでいく。

その一方で、国際大会という舞台に置かれたとき、野球という“村”が抱える体質や、新たな課題も照らし出された。ボールの行方だけでは測れない問題が、グラウンドの外で息をしている。

選手選考から、決勝戦の最後の一球まで。熱狂の表と、その陰にある現実を、順を追って見ていく。

※写真は主に侍ジャパン公式サイトから引用

2026年(第6回大会)からの新ルール

2026年大会から、国際大会として初めて「ピッチコム」「ピッチクロック」「拡大ベース」という三つの新ルールが本格導入される。前者2つは競技の迅速化を掲げた改革だが、侍ジャパンにとっては、ハンディキャップになりかねない。

NPBでは導入されていない「ピッチクロック」は、試合時間短縮のため、MLBでは前回大会直後の2023年シーズンから実施されてきた。投手は、捕手から返球を受けてから、走者なしでは15秒以内、走者がいる場面では18秒以内に投球動作に入らなければならない。違反すれば1ボールが加えられ、カウント3ボールの状況で違反した場合には四球となり打者は出塁する。逆に打者も残り8秒までに打席で構えを取らなければならず、こちらも遅れれば1ストライクが与えられる。追い込まれた状況で違反すれば三振となる。

日本が長く磨いてきたのは、「間」であり、「探り合い」である。沈黙の数秒に込められた駆け引き、視線ひとつで揺らす心理戦。そこに宿る機微が、野球の深みをつくってきた。テンポと機械化が前面に出る野球は、その文法を変えてしまう。

相手を洞察して次の一手を考える時間がなく、先に頭に入れておいたデータを頼らなければならない。

2026年のWBCで侍ジャパンは、新しい時代の野球と向き合う。

出場メンバー

WBC 球春のマイアミ2.0〜20年目の侍ジャパン

サッカーやラグビーの世界では、代表招集は最高位の勲章だ。しかし、ベースボールという“村”では、国際大会はしばしば「辞退の歴史」と同義語になる。シーズンが至上であり、2月のキャンプから11月のワールドシリーズまで、10ヶ月という長期間、公式戦162試合という長い航海が最優先される構造の中で、代表はどうしても従属的な立場に置かれてきた。

出場辞退者

今大会でも、今井達也、ムーキー・ベッツ、フレディ・フリーマンといった超大物が、個人や家族の事情を理由に名簿から外れた。責めることはできない。それぞれの生活があり、価値観があり、背負う契約がある。それでも、代表リストの空白には、野球という競技の立ち位置が透けて見える。

WBC 球春のマイアミ2.0〜20年目の侍ジャパン

一方で、世界ナンバーワンの投手でアメリカ代表のポール・スキーンズのように、「国のために戦うことは何よりの誇り。要請されたら断る選択肢はない」と言い切るニューカマーも現れた。巨大なビジネスの只中にあって、なおナショナルチームの意義を理解しようとする姿勢は、野球の未来にとって小さくない光だ。

球団からの抑制

今大会、佐々木朗希の出場と大谷翔平の二刀流起用は、所属するドジャースによって止められた。カブスの今永昇太も同じくだ。

ファン・ファースト、選手ファーストであれば、本人の意思に外野が踏み込む余地はない。しかし、今永も大谷も佐々木も二刀流や出場の意向を示していたにもかかわらず、球団がストップをかけたという事実は重い。

佐々木には過去に60日間の負傷者リスト入りの実績があり、規定上、球団が出場を拒否する権利を持つ。法的には正当な契約である。だが、佐々木はワールドシリーズでもマウンドに立ち、身体に違和感を抱えたわけでもない。現時点で「万全」とされる状態にある投手を、制度を盾に封じることが、果たして野球界全体の利益にかなうのか。

WBCは野球界におけるワールドカップであり、選手が目指す最高峰の舞台だ。契約社会に生きるアスリートは、「バイクに乗らない」「現役中はスキーをしない」といった条項を受け入れるが、それは私的領域のリスク管理である。WBCは違う。競技そのものに最も貢献度の高い国際大会だ。その舞台に立つことを禁じる権利が、どこまで許容されるのか。問いは残る。

保険問題

2023年の第5回大会では、ドジャースのクレイトン・カーショウが保険の問題で出場できなかった。ここにもまた、制度という見えない壁がある。

WBCの保険は、大会中に負傷し、その影響でレギュラーシーズンを欠場した場合、球団が支払う年俸の一部または全額を補填する仕組みだ。前後のメディカルチェックによって「大会起因かどうか」が判定され、認められれば補償が行われる。

メジャー40人枠に入るWBC参加予定選手は全員、MLBと選手会が合意した保険会社の審査を受ける。過去の負傷歴などを理由に「適用不可」と判断された場合、その選手がWBCで負傷しても、球団が特別に保証しない限り、欠場期間の年俸は守られない可能性がある。複数回の手術歴や、前年に60日以上IL入りしていた選手は適用が難しいとされる。

代表側も無策ではない。投手であれば投球数の上限や登板間隔を事前に提示し、球団の不安を和らげようとする。だが、2023年大会でエドウィン・ディアスが右膝を負傷した例のように、想定外は起こる。メッツは保険で年俸分の補償を受けると報じられたが、失われたシーズンそのものは戻らない。

昨季ワールドシリーズ第7戦で九回に劇的な同点弾を放ち、チームの2連覇に貢献したロハスは、悲願だったベネズエラ代表としての出場を保険の問題で断念せざるを得なかった。「本当に失望している。国を代表する最初で最後かもしれない機会が、保険で止められるとは思わなかった」と語る。その落胆は、数字では測れない。

3年前の決勝後から出場を表明していたマイク・トラウトもまた、保険の壁に阻まれた一人だ。ファンも本人も楽しみにしていた大谷翔平とのリベンジは「保険」という存在によって幻となった。

プエルトリコのキャプテンを期待されたフランシスコ・リンドアも夢を砕かれた。プエルトリコの有名歌手が、私財を投げ打って保険金を払うと申し出たが、それでも却下された。

高額年俸という恩恵を受けるメジャーリーガーは、その反動として厳格なリスク管理の対象となる。理屈は分かる。だが、国を背負って戦う機会は数年に一度しか訪れない。その扉が、球団ファーストや書類一枚で閉ざされる現実は、あまりに乾いている。

野球は誰のものか。球団か、選手か、あるいは国か。WBCは、その問いを鋭く突きつけている。

これらの課題は、WBCという大航海において、氷山のように水面下に潜みながら、行く手を阻んでいる。

推進力を得て帆を張ったはずの国際大会が、制度と利害の波に減速させられる。理念だけでは前に進めない。選手の意思、球団の理解、リーグと大会主催者の制度設計。その三層が噛み合わなければ、WBCは真のワールドカップにはなり得ない。

世界一を決める舞台を持続可能なものにするためには、枠組みづくりが不可欠だ。これは感情論ではない。国際競技としての野球の未来を左右する、構造の問題である。

氷山を回避するのか、それとも砕いて進むのか。WBCは今、その分岐点に立っている。

 

 

 

 

2026年の侍ジャパン

野球界の暗部は、ここで置いておこう。制度や保険の話は、どうしても空気を冷やす。ここからは、グラウンドに立つ者たちの話だ。

2026年の侍ジャパンは、名簿を眺めるだけで圧倒される。評論家のなかには「前回大会のほうが完成度は高い」と評する向きもある。だが、履歴書を一枚ずつめくっていけば、今年の布陣がいかに豪奢かは明らかだ。数字と勲章が、静かに物語っている。

中心に立つのは、宇宙一の野球選手・大谷翔平だ。自ら「今が全盛期」と語る男が、その言葉どおりの打球と存在感を携えて帰ってくる。

そして、ワールドシリーズMVPの王冠を戴いた山本由伸。打者の最高峰と、投手の最高峰。その両輪が同じ国のユニフォームを着るという事実は、時代の奇跡に近い。

前年のMLBシーズンMVPと、ワールドシリーズMVPが同一代表に名を連ねるのは、2013年WBCのベネズエラ代表以来だ。ただし、あのときは両者とも野手だった。打者と投手がそろってこの条件を満たすのは、史上初である。もっとも、2013年のベネズエラは一次ラウンドで姿を消した。勲章は、勝利を保証しない。野球はそういう競技だ。

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それでも層は厚い。昨季の最多勝、最高勝率、最多奪三振を手にした村上頌樹(阪神)、最優秀防御率の才木浩人(阪神)、最多セーブの松山晋也(中日)、最多安打の村林一輝(楽天)。タイトルホルダーでさえ名簿から外れる。その現実が、今大会の充実度を雄弁に語る。

WBC 球春のマイアミ2.0〜20年目の侍ジャパン

なかでも、WBCならではの選出がショート・源田壮亮だ。大会が3月に行われるという日程が、この判断を後押しする。球春はリセットの季節だ。前年の成績も、好不調も、一度ゼロに戻る。もしこれが秋開催のプレミア12であれば、シーズンの勢いをそのまま持ち込む形となり、巨人の泉口友汰が選ばれていた。

しかし、慣れない球場や打球速度の上がるメジャーリーガーを相手にするには、源田がいる意味が大きい。前回大会も源田の守備がなければ準決勝で負けていた。

そして今回の名簿を見渡せば、セ・リーグMVPの佐藤輝明が控えに回る可能性すらあるという、ぜいたくな構図が浮かぶ。ただ、野球は紙の上では決まらない。前回大会でも、当初は山川穂高の控えと目されていた岡本和真が、宮崎合宿で存在感を示し、開幕戦のスタメンを勝ち取った。

蓋を開けたとき、誰がグラウンドの中央に立っているのか。その予測不能こそが、代表チームの醍醐味であり、WBCという舞台の、もう一つの物語である。

WBC 球春のマイアミ2.0〜20年目の侍ジャパン

大谷翔平に焦点を当てれば、もうひとつ、興味深いジンクスが立ちはだかる。

過去5回のWBCにおいて、「前年のシーズンMVP受賞者は優勝できない」という奇妙な法則が続いている。スターはいても、頂点には届かない。栄誉の余熱をまとったまま春を迎えた選手は、なぜか最後の歓喜から遠ざかってきた。

前回大会では、アメリカ代表のポール・ゴールドシュミットがその当事者だった。レギュラーシーズンMVPの称号を引っ提げて臨んだが、決勝で日本に敗れ、ジンクスは更新された。勲章は輝いても、トロフィーは別の場所に置かれる。WBCはそういう無情さを持つ。

そして2026年、大谷翔平がその系譜に名を連ねる。前年MVPという肩書きを背負いながら、世界一を狙う。これまでも数々の前例を塗り替えてきた選手だ。二刀流は不可能だと言われ、ホームラン王は壁だと言われ、そのたびに常識を書き換えてきた。

大谷翔平が初めてこの壁を破るのか。それとも、WBCという大会がまたひとつ、例外を許さない物語を紡ぐのか。春のトーナメントは、個人の栄誉とチームの頂点が交差する、静かな実験場でもある。

 

 

 

宮崎合宿

アメリカ、ドミニカ、ベネズエラ。名簿だけを見れば、史上空前と呼ぶにふさわしい精鋭が並ぶ。だが、WBCはマンパワーを足し算すれば勝てる大会ではない。短期決戦、しかもシーズン前。歯車が一枚でも噛み合わなければ、優勝候補はあっけなく姿を消す。前回のドミニカが最強メンバーを揃えながら一次ラウンドで散った事実が、それを物語っている。

ジンクスを重ねるなら、前年のサイ・ヤング賞投手もまた、WBC制覇には届いていない。決勝のマウンドにすら立てていないのが現実だ。個の勲章は、代表の勝利を保証しない。この大会は、肩書きよりも「まとまり」がものを言う。

日本が他国と差をつけてきた要因は、直前の宮崎合宿にある。同じ宿舎で寝起きし、同じ食事を囲み、同じ練習を繰り返す。スタンドを埋めるファンの声を浴びながら、チームは一つの塊へと変わっていく。短期間で“代表”になるための装置が、宮崎にはある。

対照的に、MLB勢は所属球団のキャンプが最優先だ。スターが顔を揃えるまでに時間がかかる。前回、一次ラウンドで敗退したドミニカは、全員が顔を合わせたのが開幕前夜だった。準備不足は、短期決戦では致命傷になり得る。

もっとも、侍ジャパンにも懸念はある。今回は9人のメジャーリーガーがアメリカでキャンプを張っており、宮崎に集えた人数は代表の約3分の2。

3月2日の大阪での強化試合まで揃わない。ほとんど“ぶっつけ本番”で、初戦の台湾戦を迎える構図だ。

井端監督は三度にわたりマスコミをシャットアウトし、サインプレーや細かな連係を確認した。しかし、その場にメジャーリーガーは不在だった。実戦の一瞬で噛み合うかどうかは別問題だ。

その不安を和らげたのが、ダルビッシュの存在だった。ピッチコムやピッチクロックへの適応についての具体的な助言はもちろん、若手への声掛け、練習の質の引き上げ、野球観の共有。精神的支柱としての重みは計り知れない。WBCにはコーチ枠があと一つある。できることなら全日程に帯同し、知見を注いでほしいと願う声もある。もし連覇を成し遂げるなら、ダルビッシュにも優勝リングを授与してほしい。

そして、宮崎を照らしたもう一つの光があった。わずか2日間とはいえ、松井秀喜の来訪である。静かにグラウンドに立ち、若い選手たちに言葉をかける姿は、太陽のようだった。これまで侍ジャパンとは距離のあった日本のレジェンドが、ようやく日の丸に関わる。その象徴性は小さくない。

怪我人が続出するなかで揺れる代表に、経験と歴史が加わった。侍ジャパンに足りなかった最後のピースがはまった感覚が、今年の宮崎にはあった。

 

 

 

 

練習試合:vs.ソフトバンク

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2月22日、三連休のただ中。サンマリンスタジアムには、2万9702人の観衆が詰めかけた。侍ジャパンは、初めてユニフォームを相手に向ける。相手は前年の日本一、ソフトバンク。

近藤健介、周東佑京、牧原大成、松本裕樹、最多4人の代表選出を誇るチームとの対戦は、いわば“身内”との真剣勝負だ。

結果以上に意味があったのは、ベンチの光景である。練習試合には出場できないにもかかわらず、菅野智之と菊池雄星、二人のメジャーリーガーが合流した。試合に出なくとも、同じ空気を吸い、同じ時間を共有する。それだけでチームの温度は変わる。

WBC 球春のマイアミ2.0〜20年目の侍ジャパン

ダルビッシュが昨年から示してきた姿勢、代表への敬意と覚悟。それが、他のメジャーリーガーにも静かに波及し始めている。思い起こせば、第1回、第2回大会ではイチローや松坂大輔が合宿初日から姿を見せ、先頭に立った。その背中が、初代王者、そして連覇へとつながった。代表は、技術だけでなく、態度で作られる。

WBC 球春のマイアミ2.0〜20年目の侍ジャパン

菅野は、最後となる自身のWBCへ向けて気迫をにじませる。2017年大会ではエースとして日の丸を背負った。今大会では第3戦・オーストラリア戦での先発が予定されており、早めに日本で調整を進める決断を下した。

WBC 球春のマイアミ2.0〜20年目の侍ジャパン

菊池も合流。MLB側の規制さえなければ初日から参加していたという。その意欲は隠せない。松井裕樹の負傷という暗い報せがチームを覆うなか、二人の存在は確かに太陽だった。

試合はあいにくの雨。断続的に中断を挟み、リズムは途切れる。プレミア12の合宿初日も雨だった。井端監督は、どうやら雨に縁があるらしい。本戦はすべてドーム球場とはいえ、濡れた芝、湿ったボール、重たい空気。屋外球場の不確実性こそ、野球の原風景でもある。

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厳しい内角攻めがない練習試合とはいえ、打線は活発だった。佐藤輝明、森下翔太、坂本誠志郎のタイガース勢が躍動し、近藤健介も主力の実力を見せる。佐藤は村上宗隆や岡本和真の状態次第では先発奪取も現実味を帯びる。森下も吉田正尚のコンディション次第で、十分に競争圏内だ。

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一方、投手陣はまだギアが上がり切らない。時期的な調整段階という要素もあるだろう。加えて、ピッチコムやピッチクロックへの適応という新しい課題もある。投げ急ぐことで、普段のテンポと勝手が違う。間合いを測る投手にとって、秒針は想像以上に重い。だが、本番は2月末の名古屋から始まる。そこに照準が合えば問題はない。

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捕手では坂本誠志郎が本塁打を放ち、正捕手争いで一歩前に出た。山本由伸が先発する試合では若月健矢がマスクをかぶる構図だが、菅野智之、菊池雄星が投げる試合では坂本の起用が有力か。投手との呼吸、サイン交換のテンポ、ベンチとの橋渡し。捕手は単なる受け手ではない。代表の鼓動を整える存在である。

7回表終了時点での降雨コールドゲーム。雨のなかの一戦は、まだ序章にすぎない。だが、そこには連覇へ向かう物語の輪郭が浮かび始めていた。

宮崎キャンプ最終戦

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2月23日。宮崎キャンプ最後の練習試合にも、3万人近い観衆が詰めかけた。スタンドは祝祭の空気に包まれていたが、スコアボードは冷静だった。侍ジャパン、0―4の完封負け。前日の13得点という打ち上げ花火から一転、低空飛行で締めくくることになった。

この0―4という数字は、プレミア12決勝で台湾に屈したときのスコアと重なる。偶然に過ぎないが、野球はときに、こうした符号で心をざわつかせる。

WBC 球春のマイアミ2.0〜20年目の侍ジャパン

9回までノーヒット。出た安打は、サポートメンバーとして帯同する巨人・中山礼都の一本のみ。練習試合とはいえ、メジャー組不在の影響は否めない。打線の厚み、打席での圧力、相手投手に与える無言の重み。その差は、数字以上に存在する。

8回、秋広に浴びた一発も、マウンドにいたのはサポートメンバーの佐藤柳之介だった。代表とサポートの境界線が曖昧なまま戦う“中途半端”な状態は、名古屋での強化試合にも続く。

若手にとっては貴重な経験であることは間違いない。だが、代表強化という観点に立てば、メジャー組の合流時期は再考の余地がある。初日からとは言わないまでも、せめて実戦には間に合うようにしなければいけない。

それでも、唯一ぶれなかったものがある。守備だ。今日も失策ゼロ。佐藤輝明の三塁での華麗なフィールディング、センター牧原大成のダイビングキャッチ。点は奪えなくとも、アウトは積み重ねる。これこそが、侍ジャパンの基盤であり、短期決戦で最も裏切らない武器である。

練習試合や壮行試合の本質は、勝敗ではない。むしろ、負けることで露呈するほころびを洗い出し、修正することにある。今回はピッチクロックへの適応も大きなテーマだ。佐藤輝明、髙橋宏斗が違反を取られた。失点ではなく、こうした“違和感”こそが収穫である。本番で同じ過ちを繰り返さないための授業料だ。

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10回裏の特別練習では松本裕樹が登板。球速は140キロ台にとどまったが、4日後の名古屋はドーム球場。環境は変わる。湿った空気から、一定のコンディションへ。投手の感覚もまた、整っていくだろう。

宮崎は終わった。光と影を残して。代表は完成品ではない。揺れながら、削りながら、名古屋、そして本戦へと歩を進めていく。

 

 

 

 

壮行試合:中日戦

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ついに、大谷翔平が合流した。

その事実だけで、空気の密度が変わる。ファンはまだ打席にも立っていない背番号に視線を集め、相手は無意識のうちに構える。試合に出なくとも、この男が“いる”という現実そのものが、戦力になる。

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歴代の侍戦士にもスターはいた。だが、大谷の凄みは、存在そのものが圧力になる点にある。試合の打席に立たずとも、マウンドに上がらずとも、チームの士気を押し上げ、観衆を熱に変え、相手の想像力を縛る。グラウンドの上で起きる前に、すでに何かが動いている。

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吉田正尚もまた、静かに調子を上げている。打撃練習で柵越えを連発し、ボールは迷いなくスタンドへ消えていく。松井裕樹の離脱という暗雲が差しかかった直後だけに、その快音は救いだった。MLB組の存在感は、数字以上に心理に作用する。

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そして、中日との壮行試合で4番に座った佐藤輝明。難しいコースをさばき、レフトスタンドへ運ぶ。前回大会、山川穂高の控えと見られていた岡本和真が、合宿での打席をきっかけにスタメンを奪い、そのまま大会を代表する打者へと変貌した。あの記憶がよぎる。サトテルをベンチで温めておくのは、贅沢であり、リスクでもある。

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投手陣では、決勝先発の可能性も見せた種市篤暉。ランナーを背負った場面でも、回跨ぎでもいける伊藤大海をリリーバーで使うなら、種市は1次ラウンドのチェコ戦で先発してもらうのはどうだろうか。

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反対に曽谷龍平はまだ波に乗り切れない。ソフトバンク戦に続き、この日も2失点。調整過程とはいえ、内容に切れ味が戻らない。ボールは走っているが、決め球が甘く入る。短期決戦では、わずかな甘さが命取りになる。これが昨シーズンの印象が完全にリセットされる球春のWBCの怖さだ。

もしパフォーマンスが上向かなければ、米国ラウンド進出時に予備登録の今井達也や小笠原慎之介との入れ替えが現実味を帯びる。できれば、宮崎キャンプ初日から汗を流してきた者たちで、この大会を戦い抜いてほしい。準備の時間を共有し、同じ雨に打たれ、同じ課題を抱えてきた者たちの結束は、名簿以上の力になる。

壮行試合は、単なる前哨戦ではない。期待と不安が同時に輪郭を持つ場だ。大谷の合流で高まる熱。佐藤の一振りが示す可能性。曽谷の揺らぎが投げかける問い。

侍ジャパンは、完成品ではない。その未完成さこそが、物語を前に進める。ここから、本当の戦いが始まる。

2月28日:中日戦

春の陽気がグラウンドを包みはじめると、侍ジャパンのバットも温度を帯びてきた。

大谷翔平が放ったバッティング練習の打球は、5階席へ、そしてバックスクリーンの電光掲示板へと吸い込まれる特大弾。誰もが、その弾道を目で追いながら、これから始まる大会の輪郭を重ねている。

WBC 球春のマイアミ2.0〜20年目の侍ジャパン

その熱は、初回から試合に伝わった。牧秀悟が迷いなく振り抜き、打球はフェンスを越える。芯を食った打球は、空気を切り裂く。

第6回WBC2026〜球春のマイアミ2.0、20年目の侍ジャパン

そして、佐藤輝明のスタメン起用をどうするかという問いに加え、牧秀悟の中央大の後輩・森下翔太も首脳陣を悩ませる存在になってきた。この日も2回に一発。振れている打者をベンチに置くのはもったいない。一次ラウンドの展開次第では、決勝ラウンドから先発も十分に現実的だ。

第6回WBC2026〜球春のマイアミ2.0、20年目の侍ジャパン

悩みは、投手陣にもある。伊藤大海だ。本人は先発を希望している。だが、ランナーを背負った局面でも変わらない投球ができるタイプでもある。前回大会の準々決勝、大谷翔平が築いたピンチを消した投球を思い出せば、リリーフ起用のほうが勝利への寄与度は高い。短期決戦は、役割の最適化がすべてだ。希望よりも、機能が優先される。

そして今大会、新たな構造的課題も浮かび上がった。メジャー組が増えたことで、次回からはサポートメンバーなしでもスタメンを組める状態にしなければならない。現状ではサポートメンバーが先発し、長いイニングを担う場面が生まれている。本来、スタメンは本戦を戦うメンバーで固め、サポートは短いイニングの補完に回すべきだ。

そもそも、なぜMLB勢が実戦に出てはいけないのか。フル出場を抑制するのは理解できるが、1試合3イニング程度であれば、むしろ実戦感覚を取り戻すために必要な時間だ。前回大会、宮崎キャンプに自ら参加したダルビッシュ有が実戦登板できず、調整が難航した事実は重い。実戦の感覚は、ブルペンでは完全には養えない。

メジャーリーガーが少ないイニングでも宮崎や名古屋の試合に出場できる環境を整えるべきだ。現在の一律的な規制は、再考の必要がある。制度は、競技の発展を妨げてはならない。

これからメジャーを目指す選手は確実に増える。次回大会では、代表の半数以上がMLB所属という状況も十分にあり得る。その未来を見据えれば、今回露呈した課題は先送りできない。

春の光のなかで、侍ジャパンは確実に温まっている。だが、熱だけでは勝てない。制度、役割、準備、そのすべてを整えてこそ、連覇への道は開ける。

強化試合

3月2日:オリックス戦

この日を待っていた。長い冬がほどけ、全員がそろった侍ジャパン。グラウンドに立つ面々を見渡すと、ようやく球春が現実になる。

だが、集合はゴールではない。ここから一つになる作業が始まる。本戦まで、試行錯誤が許されるのは2試合。限られた時間のなかで呼吸を合わせ、MLB組は実戦の間合いを取り戻さなければならない。

注目の打順は、1番・近藤健介、2番・大谷翔平。前回大会と同じく、近藤の出塁が、そのまま大谷の打席結果を決める。近藤が倒れれば、大谷もアウト。近藤が塁に出れば、大谷も出塁。ただ、近藤の状態は前回ほどの切れ味を感じさせない。そこが気になる。

対するオリックス投手陣は気迫十分だった。本来ならスタンドに消えていてもおかしくないコースでも、大谷が差し込まれる。ストレートの球威が上回っていた。

先発・菊池雄星は、宮崎キャンプ合流の影響で1週間以上実戦から遠ざかっていた。初回からリズムをつかめず、味方の守備の乱れも重なって3失点。集中力が感じられない。急造チームのぎこちなさが、随所に顔を出す。

韓国戦での先発が濃厚とみられるが、相手には世界最高の打者へと成長する可能性を秘めたキム・ドヨンがいる。国際舞台での一球は、シーズンとは重みが違う。本番で菊池がどんな表情を見せるのか。

菅野智之もまた、慎重に感触を確かめる。マウンドの傾斜、ボールの指離れ。オーストラリア戦ではトラヴィス・バザーナとの対戦が待つ。国を背負うマウンドは、感覚の微差を許さない。

そんななか、ひとり強烈な光を放ったのが吉田正尚だ。5階席へ突き刺す一発。これぞメジャーリーガーの本塁打。侍ジャパンの希望はその弾道に凝縮されていた。

そして印象的だったのは、大谷翔平が終始笑顔だったことだ。この3年でワールドシリーズ制覇を二度経験し、どこか余裕をまとっている。背負うのではなく、楽しむ。大谷スマイルが、侍ジャパンの熱を加熱油となるか。

明日はオーダーを変える。1番・大谷翔平。岡本和真も名を連ねる。正直に言えば、前回大会のような「負ける気がしない」という空気はない。自信はあるが、確信には至っていない。そのわずかな揺らぎを、大阪で払拭できるか。失敗が許されるのは、あと一度だけだ。

おそらく、今年の侍ジャパンは前回大会のアメリカ代表に近い道をたどる。本戦を戦い抜きながらチーム・ビルディングを進め、結束を強める。準々決勝を前に完成形へと近づき、マイアミへ乗り込む。

WBCは、前回の「日本の野球を世界に見せつける大会」から、「日本人がMLB式ベースボールに適応できるかを問う大会」へと変化している。

この春、侍ジャパンはその証明を迫られている。

3月3日:阪神タイガース戦

リハーサルは終わった。侍ジャパンは、一抹の不安を残したまま、本戦へ向かう。

収穫はあった。鈴木誠也の快音だ。大谷翔平の直後よりも、3番に置いたときのほうが本領を発揮する。近藤健介もまた、2番という位置でこそ生きる。出塁とつなぎ、その間に大谷と鈴木を挟むことで、打線に一本の軸が通る。単体ではなく、並びで機能する。国際大会の打順は、破壊力よりも連動性が問われる。

そして、源田壮亮の選出はここまで功を奏している。ここまで好守が続けば、小園海斗の出番は自然と限られてくる。短期決戦では、守備の安定は最大の武器だ。

先発の髙橋宏斗は、状態の良さを示した。球威に迷いがなく、変化球も腕が振れている。一次ラウンド第4戦、チェコ戦での先発が濃厚だろう。

同じく中日の金丸夢斗も、侍のユニフォームで存在感を示す。第二先発、あるいはショートリリーフでの投入が現実的だ。

試合は勝った。だが、胸に引っかかるのはサポートメンバーの起用だ。30人が揃った本戦直前の段階で、なぜサポートメンバーを起用するのか。球団側の調整要請が背景にあるのか、それとも別の意図か。

名古屋までMLB組が出られなかった事情や、疲労が蓄積するプレミア12とは状況が違う。チームビルディングが未完成のいま、実戦の打席や守備機会は本戦メンバーにこそ必要ではないか。

途中交代した大谷翔平や村上宗隆。完全ではない状態なら、なおさら実戦で感覚を取り戻すべきではないのか。終盤に登板した阪神・木下里都の157キロ超の速球。本戦に立つ打者こそ、あの球威を体験しておくべきだろう。投手も同様だ。根尾が投げた一方で、まだ登板していない投手もいる。

短期決戦において、実戦感覚は貯金できない。今日、見送った一打席、一球が、三日後の結果に影を落とすかもしれない。

この采配が布石となるのか、伏線となるのか。答え合わせは、三日後の台湾戦で始まる。

一次ラウンド

WBC開幕

3年の時を挟み、WBCが再び動き出した。開幕カードはオーストラリアvs.台湾。アジアCSやプレミア12で幾度も顔を合わせてきた、ライバル同士の対戦だ。侍ジャパンの出陣は、明日になる。

前回大会が行われたのは、コロナ禍の出口がようやく見え始めた頃だった。閉じ込められていた空気を吹き飛ばすような熱気があり、同時に、日本が2大会続けて頂点から遠ざかっていた悔しさを晴らしてほしいという、どこか切実な願いがスタンドに漂っていた。だが、今大会の空気は少し違う。
競技の頂点を争う舞台というよりも、世界のスーパースターを一堂に見る祭典。そんなエンターテインメントの色合いが濃い。観客も、選手も、どこか浮き足立っている。何が何でも優勝、という張り詰めた空気は感じられない。むしろオールスターゲームに近い高揚感だ。

前回大会、宮崎キャンプに参加していたダルビッシュ有は「戦争に行く雰囲気だった」と語っていた。短期決戦の国際大会は、それくらいの緊張があってちょうどいい。勝利への執念が空気を支配してこそ、代表は強くなる。

気になったのは、大谷翔平の「まだコミュニケーションが十分に取れていない」という言葉だ。そう感じているのなら、宮崎キャンプから合流してほしかった。もちろん、所属球団との契約や調整の制約があることは理解している。それでも、かつてのイチローや松坂大輔、そしてダルビッシュは、代表を最優先する姿勢を見せた。

大谷が後輩たちに示してほしい背中は、豪快な打撃練習の弾道だけではない。代表に臨む覚悟、その姿勢だ。

正直に言えば、今年の侍ジャパンには、まだ「優勝するチームの匂い」が漂っていない。むしろ気概はアメリカ代表のほうが感じられる。予感は裏切られるものでもある。そうであってほしい。

この大会が、前回を超える物語になることを願っている。そして、その物語の中心に、再び侍ジャパンが立っていることを。

3月6日(金):台湾戦

第6回WBC2026〜球春のマイアミ2.0、20年目の侍ジャパン

侍ジャパンの開幕戦の相手は台湾。井端弘和が代表監督に就任して最初に戦ったアジアCSの開幕カードと、同じ相手である。

井端監督にとって、台湾はただの初戦の相手ではない。因縁の相手だ。現役時代の2013年WBCでは、息の詰まる死闘を演じた。監督として臨んだ2024年プレミア12では、決勝で王座を奪われた。

意気込みは、スタメンにすでに表れていた。4番には村上宗隆ではなく、吉田正尚を置いた。準々決勝以降を見据えた布石であり、この一戦を絶対に落とさないという判断でもある。

さらに大きかったのが、1番・大谷翔平、2番・近藤健介という並びだ。近藤は大会前から、大谷の直後を打つことに対して難しさを口にしてきた。それでも井端監督は、最も勝率の高い形を選んだ。近藤を2番のリンクマンとして置く。その決断には、選手への遠慮よりも勝利を優先する意志がにじむ。

一方の台湾も、前日のオーストラリア戦で敗れたオーダーから大きく手を入れてきた。4番と9番を除いて、ほぼ総入れ替え。プレミア12決勝で日本を揺さぶったのと同じ発想だ。ただし、プレミアでは前日に好調だった選手を起用したのに対し、今回は不振の打線を泣く泣く変える形。これは国際大会では逆効果になる。

試合は、侍ジャパンが先手を取った。初回。大谷翔平が初球から振り抜く。打球はあっという間に外野を破り、二塁が埋まる。ここまで完全には上がり切っていなかった調子への不安を、たった一球で吹き飛ばしてみせた。そして、その一振りがチーム全体にスイッチを入れた。

前回大会の中国戦でも、ヌートバーが初球から打って出た。大谷も、単に球数を投げさせて後続につなぐタイプのリードオフマンではない。ひとりで試合の温度を変えてしまう「0番打者」だ。初回は無得点に終わった。

だが、それは静かな助走にすぎなかった。2回、眠っていたはずの史上最強打線が一気に目を覚ます。打者二巡の猛攻。本調子ではない台湾先発ジェン・ハオチェンをのみ込み、大谷翔平が満塁弾を叩き込む。大谷はこの日、三塁打が出ればサイクルというところまで迫る猛打賞、5打点。

気がつけば一イニング10得点。大会記録である。

ここで興味深かったのは、井端監督の采配だ。これまで「動かざること山の如し」に見えた指揮官が、本戦でははっきりと変化を見せた。3回、山本由伸が連続四球で満塁のピンチを招く。本来なら、エースを信じて託す場面。

だが井端は、藤平尚真を送った。前回大会準々決勝で、大谷翔平が作った満塁の火を伊藤大海が消した場面を思わせる継投。短期決戦では、情ではなく、いま目の前のアウトを取りにいく。藤平はその大仕事をやってのけた。井端監督の決断、それに応えた藤平尚真。プレミア12の激闘が結実した瞬間だった。

4回からは予定どおり、山本の後輩でもある宮城大弥が第2先発としてマウンドへ上がる。四球は出したが、150キロを超える真っすぐには力があった。ヒットは許さない。

4番手の北山亘基がジャン・ユーチェンに一本許したものの、次の試合からも武器となる投球。

最後は曽谷龍平が三者凡退で締める。オリックス・リレーが、見事にゲームを閉じた。

終わってみれば、台湾に許した安打はわずか1本。スコアは13対0、7回コールド。開幕戦をコールドで飾るのは、2006年の第1回大会、中国戦以来である。歴史はときどき、こうして円を描く。

この日のMVPを挙げるなら、源田壮亮だ。猛打賞で4打席すべて出塁。守っては難しい打球を軽やかにさばき、試合の流れを切らさなかった。派手さでは大谷に及ばなくとも、試合の芯を支えたのは源田だった。こういう選手がいると、チームは短期決戦で崩れない。

今年の侍ジャパンは、3年前の記憶をなぞるようでいて、ただの再演ではなかった。再現しながら、さらに更新した。開幕戦の完勝は、単なる一勝以上の意味を持つ。最大のライバル、韓国戦へ向けて、これ以上ない助走になった。

3月7日(土):韓国戦

日本と韓国。ともに初戦にグランドスラムを放ったチーム同士が、二戦目で向き合った。

韓国は、その勢いをそのまま持ち込んできた。世代最強打者のキム・ドヨンのヒットを起点に、初回に3点を先制。アジアCS、プレミア12、そして今回のWBC。この数年、国際大会の日韓戦は「韓国が先制し、日本が追い上げる」という構図が続いている。

先発の菊池雄星は、ストレートの勢いこそあったが、変化球が高めに浮く。シーズンのピークを5月頃に合わせる身体が、まだ完全に目覚めていない。実戦登板の少なさが要因だ。それでも2回、3回をゼロで抑え、球数制限ぎりぎりでマウンドを降りた。逆に言えば、韓国は初回の流れでもう一押ししておきたかった。

この日開幕したドミニカ代表やアメリカ代表を見ても分かるように、一次ラウンドの一点差は、かすり傷にすぎない。一点差が致命傷になるのはトーナメントからだ。主導権を握るなら、もう一撃が必要。

第6回WBC2026〜球春のマイアミ2.0、20年目の侍ジャパン

その隙を、日本は逃さない。まず鈴木誠也。反撃の口火となるツーラン。

第6回WBC2026〜球春のマイアミ2.0、20年目の侍ジャパン

そして3回、大谷翔平が同点ソロを叩き込む。試合は、いつもの日韓戦の流れに戻る。

第6回WBC2026〜球春のマイアミ2.0、20年目の侍ジャパン

そこへ、また鈴木誠也。勝ち越しのソロ。

第6回WBC2026〜球春のマイアミ2.0、20年目の侍ジャパン

さらに吉田正尚が続く。衝撃の1イニング3本塁打。

4回からは第2先発、伊藤大海。前回大会では打者7人を相手にパーフェクトという圧倒的な投球を見せた。しかしこの日は、キム・ヘソンに同点ツーランを浴びる。試合は再び振り出しへ。いつものシーソーゲームに入り込む。

その展開をベンチで見ていた大谷翔平が、ニヤリと笑っている。ヒリヒリする野球。緊張と駆け引きが絡み合うこの空気を、心から味わっている。大谷翔平がこの3年間で最も大きくなったのは、飛距離ではなく、心の余裕だ。

第6回WBC2026〜球春のマイアミ2.0、20年目の侍ジャパン

膠着状態を破ったのは、7回の継投だった。マウンドに上がった種市篤暉。156キロのストレート、そして落差の大きいフォーク。三者連続三振。球場の空気が一気に変わる。この状態なら、中継ぎだけでなく準々決勝以降の先発でも十分に通用する。

その裏、井端監督が動く。先頭の牧秀悟が四球で出塁すると、代走に牧原。源田が送りバント。代打・佐藤輝明が進塁打、大谷翔平は申告敬遠。二死一、三塁。

打席には、ここまでWBCノーヒットの近藤健介。韓国は左腕キム・ヨンギュを投入する。継投はこれで6人目。韓国が得意とするリリーフ総動員作戦だが、この戦法はプレミア12でも裏目に出ていた。

予想どおり、近藤を歩かせて満塁。そして鈴木誠也。2打席連続本塁打のあと、今度は押し出し。続く吉田正尚がタイムリー。スコアは8対5。韓国はまた同じ過ちを繰り返した。

一方、8回表、松本裕樹が1点を失い、さらに満塁のピンチ。ここで井端監督は動かなかった。球は走っている。松本も落ち着いている。代える理由はない。

どんな好投手でも、緊迫した場面でランナーを背負った状態でマウンドに上げられては本来の力が出にくい。特にコンディションが万全ではない春のWBCではリスクの高すぎる作戦。前回のWBCでも、回の途中で交代させる投手は宇田川優希、湯浅京己、伊藤大海の三人だけと決めていた。これは国際大会で勝利するための最も重要な作戦である。

井端監督の采配と不動心の勝利だった。ピンチランナーの周東佑京も盗塁を決め、9回の守備ではジャンピングキャッチの好守。

最後は大勢が締め、8対6で日本が勝利。韓国にとって痛かったのは、主砲キム・ドヨンとアン・ヒョンミンが終盤に沈黙したこと。それでも、プレミア12の名勝負に続く好勝負。伝統の日韓戦が、戻りつつある。

韓国は明日、デーゲームで台湾と対戦する。開催国のマイアミ行きを有利にするため、ライバル国に課せられた厳しい日程だ。

それでも、韓国チームには苦境を乗り越え、マイアミへたどり着いてほしい。プレミア12で実現しなかった再戦を見たい。

3月8日(日):オーストラリア戦

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デーゲームで韓国と台湾が激突し、WBC史の十指に残る激闘を演じた。最後は台湾が勝利。その瞬間、日本の準々決勝進出も決まった。夜の試合は、一次ラウンド首位通過を懸けた一戦となる。

この日は1966年11月6日、後楽園球場で行われた全日本対ドジャース以来、59年ぶりの天覧試合。球場には独特の緊張が漂っていた。

「勝って当たり前」

侍ジャパンは、その重さと向き合いながら戦っている。外から見れば、強豪を揃えた代表チームだ。勝つことが当然のように語られる。だが、その“当然”こそが、選手たちの肩にのしかかる最大の重圧でもある。

短期決戦の一試合にかかる疲労は、ペナントレースの一試合とは質が違う。打席の一球、守備の一歩、マウンドの一投に、普段の何倍もの神経が削られる。

侍ジャパンの敵は、対戦相手だけではない。勝たなければならないという空気、期待、そして自分自身の内側に生まれる揺らぎ。それらすべてと同時に戦っている。

両チーム無敗で迎えた試合は、1点が遠い重たい展開になった。4回まで互いに譲らず、スコアボードにはゼロが並ぶ。先発の菅野智之も、走者を背負いながら4回50球の粘投。次の登板は準決勝なのか、それとも第二先発に回るのか。井端監督や投手コーチの判断に注目だ。

第6回WBC2026〜球春のマイアミ2.0、20年目の侍ジャパン

5回表は、隅田知一郎がWBC初登板。150キロを超えるストレートが唸る。気迫のこもった投球で、オーストラリアの主軸トラヴィス・バザーナを打ち取る。球場の空気が、日本側へ傾いた。プレミア12での第二先発の経験が生きている。

だが、6回。試合の均衡は思わぬ形で崩れる。若月健矢の送球ミス。わずかな乱れが、1点につながった。WBCのような短期決戦では、一つの守備ミスが致命傷になる。球数制限のある大会では、投手は早く降板し、上位打線に多く打順が回ってしまう。WBCでは他の大会以上に守備力が重要となる。

粗さを見せたのは日本だけではなかった。近藤健介を併殺に仕留めれば試合の流れを握れる場面。オーストラリアは送球エラーを犯す。そこから同点の走者が生まれ、打席には4番・吉田正尚。

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荒れた空気を断ち切るような一振りで、逆転ツーラン。決してホームランボールではないコースを、スタンドへ運ぶ。WBC日本人最多となる4本目の本塁打王は伊達ではない。

劇的な逆転ホームラン。しかし、これは単なる一打ではない。ここで吉田正尚が凡退していれば、侍ジャパンはほぼ敗戦に傾いていた。打席には、ひと振りで試合の運命を引き受けるような、重く冷たい圧力があった。それでも、吉田は吉田のまま打席に入る。
3年前は大谷翔平のあとでも、今年は勝敗の境目でも、顔色を変えない。気負わず、急がず、打席の空気に呑まれない。吉田正尚という打者の凄みは、まさにそこにある。極限の場面で、なお平常心を失わない。その静かな胆力が、あの一発を生んだ。

このホームランには、それほどの価値があった。1959年の天覧試合で、長嶋茂雄さんが放ったサヨナラ本塁打。日本野球の歴史に刻まれた、あの象徴的な一発に比肩しうる価値を、この吉田の逆転弾は持っていた。

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一方、オーストラリアはこの試合、12四球の乱調。押し出しもあり、試合を自ら壊してしまった。ミスさえなければ勝っていた可能性が高い。これはプレミア12の開幕戦と同じ構図だ。国際試合は、いかにミスを減らすか。それに尽きる。侍ジャパンに源田壮亮が必要とされる理由も、そこにある。

勝利はした。課題も浮かんだ。近藤健介、岡本和真、村上宗隆。主軸3人が波に乗れていない。代わりを期待する森下翔太も本来の状態ではない。この日ヒットを放った佐藤輝明を、誰かに代えてスタメンに据えるのか。それとも、復調を信じて待つのか。

前回大会でも、岡本と村上が本当に動き出したのは準々決勝からだった。短期決戦は、タイミングの競技でもある。

投手陣にも不安はある。球にキレのなかった大勢の“被弾癖”が顔をのぞかせた。調子が良いときは無双するが、今日のような状態のとき、MLBの怪物たちの豪打をどうやって乗り切るか。

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一方で、8回を三者凡退に抑えた種市篤暉は頼もしい。ただし、本来クローザーではない。慣れないリリーフ、慣れない連投で疲れも出ている。

抑えをどうするのか。簡単な答えはない。

準々決勝以降、采配の一手一手が勝敗を分ける。侍ジャパンは勝ちながら、次の形を探している。その意味では、次のチェコ戦が重要なリトマス試験紙となる。

3月10日(火):チェコ戦

第6回WBC2026〜球春のマイアミ2.0、20年目の侍ジャパン

前夜、韓国がオーストラリアと壮絶な試合の果てに、劇的な決勝トーナメント進出を決めた。WBCという大会は、野球の面白さをむき出しにする。流れ、偶然、執念。そのすべてが、短い試合の中に凝縮される。

すでに一次ラウンド1位通過を決めている日本にとって、この試合は消化試合という位置づけになる。だが、準々決勝を前にして勢いを整える意味は小さくない。井端監督はスタメンを大きく入れ替え、その意図をはっきり示した。

大谷翔平、鈴木誠也の主役はベンチで温存。1番には周東佑京ではなく森下翔太を据え、試合の入り口で空気を動かす役目を託した。切り込み隊長としての役割である。

近藤健介もベンチだった。ただし、アメリカラウンドでも2番起用の方針は変わらないはずだ。WBCでは、アメリカに渡ってから主役になる打者がいる。2006年の福留孝介、2009年のイチロー、そして2023年の村上宗隆。いずれも大会序盤の不振を乗り越え、アメリカで劇的な一打を放った。近藤健介も、その系譜に続く。

チェコ代表とは縁がある。昨年のプレミア12では台湾、日本双方の強化試合の相手を務めてくれた。今回のWBCではプールC最下位となり、次大会は予選からの戦いになる。できることなら、その前に日本が強化試合の相手を務めてほしい。プレミア12で受けた敬意と友情に、今度は日本が応える番だ。

写真は2024年プレミア12強化試合

この試合でも、チェコは忘れがたい場面を残した。印象的だったのは、29歳の先発投手オンジェイ・サトリアの“ラストダンス”だ。

本職は電気技師。3年前のWBCでは大谷翔平から三振を奪い、プレミア12の強化試合でもマウンドに立った。この日が代表としての最後の登板になる。

結果は見事だった。侍ジャパン打線19人に対して、被安打2、無失点。何より素晴らしかったのは、67球を投げ切ったことだ。パベル・ハジム監督が粋な演出でマウンドを託し、その期待にサトリアが応えた。球数制限のあるWBCだからこそ生まれる、美しい場面だった。

日本の先発、髙橋宏斗も負けていない。こちらも被安打2の無失点。球威、テンポ、表情。すべてが落ち着いていた。準々決勝以降の登板も十分に視野に入る内容だ。

第2先発は、3年前と同じ宮城大弥。今回はロングリリーフではなく、打者4人をノーヒットに抑える短い登板。次のステージを見据えた調整だった。

さらに3番手の金丸夢斗が、圧巻の5者連続三振。総力戦になる準決勝、決勝では、こうした投手のイニングが勝敗を分ける。

そして、侍ジャパンにとって大きかったのは、一次ラウンドで漂っていた嫌な空気を払拭できたことだ。オーストラリア戦で送球ミスを犯し、敗戦の引き金になりかけた若月健矢が、待望の先制タイムリー。試合の流れを呼び戻した。

そして、眠っていた主砲が目を覚ます。村上宗隆のグランドスラム。ボールは高く舞い上がり、そのままマイアミへの弧を描いた。

終わってみれば、8回まで続いたゼロ行進が嘘のように、先発全員安打。12安打9得点。
侍ジャパンは、余計な荷物をすべて置いて、日本を発つ。

プールCは、ひと足早く全日程を終えた。振り返れば、このグループは今大会でもっとも濃い時間を刻んだ場所だった。

韓国vs.台湾。韓国vs.オーストラリア。どちらの試合も、WBCの歴史の中で長く語り継がれるであろう好勝負だった。

プールCは、すべての国が自分たちの野球を持ち込み、そして最後まで戦い抜いた。勝敗の差はあっても、試合の質は高い。WBCという大会には多くの強豪国が集まるが、このグループはその中でも頭ひとつ抜けていた。国際大会は、対戦の積み重ねで物語をつくる。今回生まれたライバル関係は、次の舞台でも続く。

次回のWBCはもちろん、参加国が16に増えるプレミア12でも、再びプールCの顔合わせが見られるかもしれない。そのとき、どんな試合が生まれるのか。このグループが残した余韻は、まだ終わっていない。

WBCは残る舞台はマイアミ。そこでは、ただ暴れるだけでいい。

3月12日(木):一次ラウンド最終日

韓国と侍ジャパンがマイアミに到着した翌日、残るプールの戦いがすべて終わり、決勝トーナメント進出チームが出揃った。

まずプールA。すでに突破を決めていたプエルトリコに続くもう一枠を懸け、キューバとカナダが激突。試合はカナダが勝利。モイネロ、マルティネスといったNPB屈指の投手陣を打ち崩し、悲願だった一次ラウンド突破を成し遂げた。ドジャースのフレディ・フリーマンが家族の事情で出場を辞退する事情を抱えながらも、堂々の1位通過。1999年からカナダ代表を率いてきたアーニー・ウィット監督は、長年チームを支え続けた指揮官。ついにWBCの歴史に自分の足跡を刻んだ瞬間だった。

プールBの最終戦はメキシコ対イタリア。勝敗と得失点差によっては、アメリカが一次ラウンドで姿を消す可能性もある一戦だった。

首の皮一枚でつながっていたアメリカ。第1回大会ではメキシコに敗れ、準決勝進出を阻まれた苦い記憶がある。だが今回は逆だった。メキシコの敗退によって、アメリカが決勝トーナメントへ滑り込む形となった。イタリアは4連勝で堂々の1位通過。アメリカは前回大会と同じく、2位での突破となった。WBCという大会は「負け方」も重要になる。侍ジャパンがこれまで全大会で決勝トーナメントに進出してきたのは、大敗をしないからだ。負けるにしても、試合を壊さない。最後まで気を抜かない。その積み重ねが、短期決戦では生きる。

そして最後に、プールDの頂上決戦。ドミニカ対ベネズエラ。一次ラウンド屈指のカードである。結果は、ドミニカの雪辱だった。3年前に打ち込まれたサンディ・アルカンタラが先発し、この日も3回3失点と苦しい立ち上がり。それでも打線が火を噴く。4回までに4本のホームラン。花火大会の攻撃で流れを引き寄せ、7―5で逃げ切った。ドミニカがプールDを1位で通過する。

こうして一次ラウンドはすべて終了。メダルゲームへ進む「エリート8」が出揃った。

準々決勝の幕開けは、韓国対ドミニカ。WBCでは初めての顔合わせになる。勢いに乗る韓国がジャイアントキリングを起こし、日本との再戦へたどり着くのか。

続いてアメリカは、プールA首位のカナダと対戦する。前回大会の一次ラウンドでは12―1と大差でアメリカが勝利したカード。だが、今回のカナダは勢いがある。同じ展開になる保証はどこにもない。

15日にはプエルトリコ対イタリア。そして、その日の最後に侍ジャパンが登場する。待望のカード、日本対ベネズエラ。WBCでまだ実現していなかった対決が、ついにマイアミで幕を開ける。

準々決勝

3月14日(土):韓国vs.ドミニカ、アメリカvs.カナダ

WBCは、いよいよ最後の山に差しかかった。決勝トーナメントの幕開けである。ここから先は、ただの勝敗ではない。この大会が、次の20年の野球の地図を描いていく。

最初にグラウンドへ出たのは、韓国とドミニカだった。念願の決勝トーナメントにたどり着いた韓国。しかし、試合の流れは序盤からドミニカへ傾いた。

2回、バックホームの送球ミス。その隙を逃さず先制点を奪われる。さらにフアン・ソトの走塁。捕手のタッチミスを誘う巧みなスライディングで追加点を呼び込む。身体がバネのようにしなるラテン系のプレイヤーが得意とする、身体をひねって滑り込むスライディング。ハビア・バエスやメキシコの選手たちが見せてきたプレーだ。強大な戦力に挑む側が、そこでミスを重ねてはいけない。

韓国は、3回までに5人の投手を送り込む継投策に出る。結果は裏目だった。四球、押し出しで、流れを完全に失う。短期決戦でやってはいけない負け方に、自ら入り込んでしまった。打線も沈黙する。軸になるキム・ドヨン、イ・ジョンフが封じ込められ、反撃の糸口をつかめない。結局、試合は7回コールド。戦前の予想どおり、ドミニカの圧力に押しつぶされた。韓国はジャイアントキリングどころか、噛ませ犬の役回りを演じる形になってしまった。

ヒュートンに飛んで、もう一試合、アメリカとカナダ。こちらも試合の分岐点は守備だった。カナダは序盤の凡ミスから失点を重ねる。試合は5対3。わずか2点差の敗戦だった。もし最初のミスがなければ、展開は違っていたかもしれない。国際大会では、ほんの一歩の乱れが結果を決める。

こうして準決勝のカードが固まり、侍ジャパンは翌日、ベネズエラと対峙する。マイアミの夜が、日本に試練を用意して待っている。

3月15日(日):ベネズエラ戦

マイアミでの一戦に先立ち、ヒューストンでは準々決勝の、プエルトリコ対イタリアが行われた。

イタリアといえばサッカーのセリエAが世界的に知られているが、野球もまたヨーロッパでは屈指のレベルを誇る。国内リーグは欧州最高峰。WBCには第1回大会からすべて出場し、第3回大会ではベスト8に進出。2017年の第4回大会の初戦メキシコを相手に歴史的な試合を演じている。5対9で迎えた9回、ひとつのアウトも取られないまま5点を奪い、サヨナラ逆転勝利。WBC史上最大級の大逆転だった。11対10という壮絶な打ち合い。WBCの名勝負の数え歌に一節を刻んだ。

今大会のイタリアは、MLB経験者が多く名を連ね、長距離砲ビニー・パスカンティーノは「イタリアン・ナイトメア」の異名を持つ打者。前回大会に続いて出場し、一次ラウンドの本塁打王になった。

そのイタリアが、強敵プエルトリコを振り切り、8対6で悲願のファイナル4進出。この打ち合いの空気は、マイアミにもそのまま伝染することになる。

迎えたWBC初対戦となる日本vs.ベネズエラ。井端監督が、ついに動いた。近藤健介をスタメンから外し、2番に大砲・佐藤輝明。近藤は第1回大会の「生き返れ福留」のような代打を任せた。

先発の山本由伸は、東京ドームに続き本来の状態ではない。球速はある。だがボールが抜ける。初回、甘く入った球をロナルド・アクーニャJr.に先頭打者本塁打。さらに2回も真ん中寄りの球を打たれて失点。メジャーリーガーは低めの甘い球を逃さない。特にローボールヒッターが多いMLBの打線には、致命的だった。

日本もすぐに応戦する。先頭の大谷翔平が、反撃の同点ホームラン。球場の空気が揺れ、流れが日本へ傾くかに見えた瞬間、アクシデントが起きる。鈴木誠也が盗塁の際にヘッドスライディングで負傷。急遽、森下翔太が入る。

最初の大きな分岐点は3回裏だった。1点ビハインドで、先頭の源田壮亮が四球で出塁。続く若月健矢が送りバント。8番、9番がきっちり仕事をする。これが侍ジャパンの野球だ。当然のように、大谷翔平は申告敬遠で一、二塁。打席には2番・佐藤輝明。近藤健介を外した采配の答え合わせである。佐藤は期待に応えた。ライトに運ぶ同点のタイムリーツーベース。大谷の走塁判断ミスがなければ、逆転だった。

そして3番・森下翔太。前回大会では鈴木誠也の欠場を近藤健介が埋めた。今回は森下が、その役割を担う。値千金の勝ち越しのスリーラン。

誰か一人に頼るのではない。誰かが倒れても、次の誰かが前に出る。全員野球。全進野球。侍ジャパンの本質を見せた。

山本由伸もリズムを取り戻し、4回を三者凡退で締めて役目を終える。結果として試合をしっかり作った。ここで失点すれば流れは完全にベネズエラへ傾いていたので、この仕事は大きい。

5回、日本は第二先発に隅田知一郎。予想されていた菊池雄星ではなく、状態のいい投手を選んだ。ボールは走っていた。だが、山本由伸と同じく、制球が安定せず、先頭打者を歩かせる。

アクーニャJr.、ルイス・アラエスを三振に取るものの、ガルシアにツーランを浴びる。先頭打者を出さなければ、ソロだっただけに、惜しい場面だった。

二死まで取ったところで藤平尚真へ。見事、4番スアレスを抑え、5対4で踏みとどまる。藤平尚真はプレミア12に続く活躍を見せた。

だが、流れはまだ揺れていた。5回裏、突き放したい日本は三者凡退。6回表、伊藤大海が登板する。

今大会、まだ本調子ではない。そのマウンドで、いきなりピッチクロック違反。先頭打者トーバーにヒットを許し、連続安打のあと7番のアブレイユに甘い球を逆転スリーラン。この時点で日本は7失点。投手王国の日本が、早くも今大会最多の失点を喫した。

失投を逃さずに仕留めたベネズエラの集中力と気迫が侍ジャパンを上回った。長距離移動による疲労や時差ボケの影響もあったかもしれない。

四球の数だけ見れば、ベネズエラのほうが多い。それは、際どいコースへ攻めた結果。両チームを分けたのは、コントロールではなく「コマンド」の差だ。

ストライクを取る「コントロール」と、ここぞの場面で狙った場所へ投げ切る「コマンド」は違う。甘く入れば、一球で試合が壊れる。

ベネズエラが打たれた大谷、佐藤、森下への球は甘くなかった。それは、失投ではなく、打者を褒めるしかない。

6回裏、日本も好機を作る。だが村上宗隆、牧秀悟が甘い球を仕留めきれない。ここで、両チームの差が顔を出す。

7回表、絶好調の種市篤暉が登板。三者凡退。流れを止める完璧な投球だった。

だが7回裏、若月、大谷、佐藤が三者凡退。勢いは戻らない。

8回も種市が続投。先頭のトーバーがヒットを放ち、俊足で二塁へ。両国の気迫の差が出る。嫌な流れのなか、種市の牽制ミス。追加点が入る。昨日の韓国、カナダと同じだった。短期決戦では、守備のミスが命取りになる。

最後は大谷翔平。甘い球を打ち損じた。前回大会の決勝は、マイク・トラウトとの対決で幕を閉じ、今大会の最後の場面に立っていたは、大谷翔平だった。やはり、この大会の物語は常に大谷のもとへ帰ってくる。WBCという舞台の残酷さを、そのまま映す終幕だった。

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井端弘和監督が率いる侍ジャパンは、初陣となったアジアチャンピオンシップでは全勝優勝。続くプレミア12では準優勝。そして、今回のWBCではベスト8。

大会のスケールが大きくなり、対戦相手のレベルが上がるほど、世界の厚い壁が立ちはだかった。メジャーリーガーを中心に構成された強豪国との戦いは、日本が積み上げてきた野球の完成度だけでは越えきれない部分もあることを示していた。

それでも、このチームは多くのものを残した。短期決戦の恐ろしさ。一球、一つのミス、一つの判断が試合の運命を変えてしまうという現実。そして同時に、野球という競技の面白さも、これ以上ないほど濃く見せてくれた。

WBCには、前年のMLBシーズンMVPは優勝できない、サイ・ヤング賞ピッチャーは決勝のマウンドに上がれないというジンクスがある。大谷翔平はその壁に跳ね返された。

明日、アメリカのアーロン・ジャッジとポール・スキーンズが、ドミニカを相手にジンクスに挑む。

宮崎キャンプから不調だった伊藤大海を起用した判断は難しい。安全策を取るなら最初から外す手もあるが、当初のプランを崩せば、代役にしわ寄せが及ぶ。

しかも短期決戦では、直前まで不安でも本番で化ける例がある。2017年の菅野は予選で苦しみながら、アメリカでは準決勝で無双。前回の今永昇太も、ブルペンではストライクが1球も入らなかったが、本番では最少失点にまとめた。

結果論では責めやすいが、今回はギャンブルを承知で託すしかなかった面もある。

また、多くの野球ファンや解説者が口をそろえて「今大会はレベルが上がっている」と言う。個々の選手の力は底上げされているが、個のレベルアップと“チームとしての強さ”は別の話。WBCを200試合以上見てきた歴代最強4強は今年のチームではない。

・2006年の韓国(ベスト4)
・2013年のドミニカ(優勝)
・2017年のプエルトリコ(準優勝)
・2023年の侍ジャパン(優勝)

2006年と2017年は、上原浩治とマーカス・ストローマンが凄すぎた。それほどまでに、チームたちは完成度が高かった。

総括

ベネズエラの悲願の初優勝で幕を閉じた、第6回WBC。20周年という節目にふさわしく、この大会は“世界の現在地”をはっきりと映し出した。

韓国vs.台湾を筆頭に、記憶に残る試合がいくつも生まれた。イタリアはベスト4へ進出し、野球の勢力図が確実に広がっていることを証明した。アジア、ヨーロッパ、北米、南米。それぞれの野球が、それぞれの形で成熟し、ぶつかり合う。その光景は、かつてのWBCから進化した厚みを持っていた。

一方で、課題もまた浮かび上がった。制度、保険、選手の参加可否、そして大会そのものの位置づけ。20周年は祝祭であると同時に、問いを突きつける節目でもあった。

準決勝

今大会屈指のカードとなったアメリカ対ドミニカ。ポール・スキーンズがマウンドに立ったアメリカが勝利し、2大会連続で決勝進出を決めた。同時に、「サイ・ヤング賞投手を擁するチームは決勝に進めない」というジンクスも、ここで破られた。アメリカ代表の主将アーロン・ジャッジは、マイアミの熱狂について「ワールドシリーズよりもすごかった」と語った。

敗れたドミニカには、どこか物足りなさが残った。戦力は十分だった。むしろ過剰なほどだった。それでも、何が何でも勝ちにいくという圧力が感じられない。淡々と、ただ試合をこなしているようにも見えた。

前日のベネズエラと比べれば、その差は明白だった。ベネズエラは、わずかな失投も見逃さず仕留める。試合の一瞬一瞬に神経を張り詰めている。野球は技術や身体能力の競技である前に、メンタルの競技でもある。その事実を、両チームの姿が示していた。

もう一つの準決勝、ベネズエラ対イタリア。結果はベネズエラの勝利。イタリアはこれで対ベネズエラ6戦全敗。相性の壁は、最後まで崩れなかった。

それでもイタリアは、大会を通じて確かな爪痕を残した。前回大会のベスト8から、今回はベスト4へ。着実な前進である。

主将ビニー・パスカンティーノは「20年後にはイタリア生まれの選手で構成された代表にしたい。望んでいるのは、イタリア出身の、イタリア語を話す『イタリア人』で構成された代表」と語った。

いまはイタリア出身は3人だけで、イタリア系アメリカ人が中心のチームだが、その言葉には、未来への意志があった。

そしてベネズエラ。見事な逆転劇を経て、初の決勝進出。待っていたのは、前回大会で夢を断たれたアメリカとの再戦だった。

政治的にも複雑な関係を持つ両国。舞台はアメリカだが、スタンドの空気は南米。アメリカ代表がアウェーになるほどの熱量。野球は、ときに国境の意味を曖昧にする。

決勝を前に、もう一つ象徴的な場面もあった。サイ・ヤング賞左腕タリク・スクバルが、キャンプ地から車を走らせ、アメリカ代表のベンチで声援を送っていた。

その姿に、ある種の違和感も残る。「そこまで来るなら、投げてほしい」。多くのファンが抱いた率直な感情だろう。

選手のコンディション、契約、保険。それらを守ることは必要だ。だが同時に、WBCという大会の価値をどう位置づけるのかという問題が、改めて浮き彫りになった。

決勝戦

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初めて決勝へたどり着いたベネズエラは、本国ごと熱に浮かされていた。地元メディアは早くも「WBCは半年に一度やってほしい」と書き立てる。大げさと言えば大げさだ。だが、決勝まで勝ち上がった国とは、あれくらい幸福に振り切れていていい。理性より先に、歓喜が走る。その熱量こそが、頂点に手をかけた国の証でもある。

そしてベネズエラは、その勢いと情熱を、そのまま初優勝へつなげた。

アメリカはこの日も集中力と気迫で上回られた。前回大会に続き、マンパワーだけでは勝ち切れないことを、皮肉にもベースボールの母国が自ら証明した形になった。対するベネズエラは、完全なる組織力の勝利だった。野球はスターの展示会ではなく、チームスポーツである。その本質を、真正面から突きつけた。これは大会後に発表されたベストナインの数では、アメリカが4人に対し、ベネズエラが3人だったことからも明らかだ。

アメリカにも見せ場はあった。8回、ブライス・ハーパーがマチャドの真ん中に入った失投を逃さず、同点のツーランホームラン。投手陣も試合はつくった。だが、振り返れば、それらは個人技の連なりだった。点と点は輝いても、線にはなりきらなかった。

さらに、クローザーのミラーに至っては、パドレスとの制約でセーブシチュエーション以外の登板が認められていなかったと世界最高峰の戦いに自国が泥をぬる行為をしている。

スコアは前回大会と同じ、2対3。またしてもアメリカは1点届かなかった。大舞台で結果を残し切れないアーロン・ジャッジは、この日も4打数無安打。軸が最後まで揺らいだままでは、WBCで“本物のチーム”に勝つのは難しい。

一方のベネズエラは違った。先制点は犠牲フライ。決勝点は、ルイス・アラエスが四球で出塁し、代走サノハが盗塁を決め、4番スアレスが、タイムリーで返したもの。派手さで押し切ったわけではない。一つひとつのプレーを丁寧につなぎ、野球の本質を積み重ねた末の勝利だった。

象徴的だったのは、8回である。同点ツーランを浴びたマチャドがベンチへ戻る。普通なら空気が沈む場面だ。だが、ダグアウトのナインはハイタッチで迎えた。主将サルバドール・ペレスは言う。
「2対2じゃない。0対0で、ここから試合が始まるだけだ。楽しんでいこう」

これぞキャプテン。これぞ王者のメンタルである。

そして、この結果によって、またひとつのジンクスが生き延びた。
前年のMLBシーズンMVPを擁するチームは、WBCで優勝できない。20年を経ても、その壁はまだ破られていない。

もちろん、ただのジンクスと言ってしまえばそれまでだ。
だが同時に、それはWBCがスターの寄せ集めだけでは勝ち切れない大会であることを象徴してもいる。勲章の数ではなく、どれだけ一つになれるか。そこに、この大会の残酷さと面白さがある。

次回大会こそ、サイ・ヤング賞投手がマウンドに立つ決勝戦を見てみたい。そのとき、この大会はまたひとつ、次の段階へ進むのだろう。

次大会への課題

祝祭のあとには、必ず現実が残る。20周年のWBCは、たしかに前へ進んだ。だが、その歩みの裏で、次回大会へ先送りできない問題もまた、はっきりと輪郭を現した。

保険問題による出場不可

・フランシスコ・リンドーア、カルロス・コレア(プエルトリコ)

・ホセ・アルトゥーベ、ミゲル・ロハス(ベネズエラ)

・マイク・トラウト(アメリカ)

前回大会から、WBCの悪性腫瘍のように顔を出していた保険問題は、今大会でさらに深刻さを増した。選手にとって、WBCは数年に一度しかない舞台であり、一生に一度、国を背負えるかどうかも分からない。その機会が、年を越した時点で身体が万全であるにもかかわらず、前年の負傷歴によって閉ざされる。これほど理不尽なことはない。

もちろん、球団には球団の論理がある。高額年俸を支払う以上、リスクを最小限に抑えたいのは当然だ。だが、合理性だけで切り捨てれば、国際大会は次第に空洞化していく。WBCは、レギュラーシーズンの余白にねじ込まれる余興ではない。本来は、野球界全体が守り育てるべき最高峰の舞台である。

しかも次回大会では、選手の年俸はさらに高騰しているだろう。そうなれば、保険の問題は今以上に大きく、複雑になる。放置すれば、WBCはスターが“出られない大会”として記憶されかねない。

MLBによる侍ジャパンの制約

・佐々木朗希の出場

・今永昇太の出場

・大谷翔平の二刀流

・山本由伸の準決勝以降の登板

・MLB組の2月の強化試合への出場

今大会、日本人メジャーリーガーの増加は、侍ジャパンにとって喜ばしい変化であると同時に、新たな足枷も生んだ。人数が増えれば、それだけMLB側の管理も厳しくなる。代表活動は、本人の意志だけでは完結しない。球団の事情、契約、調整計画、そのすべてをくぐり抜けなければならない。

佐々木朗希の出場問題、大谷翔平の二刀流制限、山本由伸の起用法、そして2月の強化試合にMLB組が出場できない現実。これらは個別の問題に見えて、根はひとつだ。代表の論理と、MLBの論理が一致していないのである。

今後、日本人メジャーリーガーはさらに増えていく。そうなれば、侍ジャパンの強さは単に人材の豊かさでは決まらない。どれだけMLBの理解と協力を引き出せるか。それが優勝への前提条件になる。

侍ジャパンの視点から今大会を振り返ると、いつもの野球を貫く前に、まず環境へ順応しなければならなかった。ピッチクロック。ピッチコム。拡大ベース。さらに、メジャー組の合流が直前になるという準備面の制約。

つまり今回は、日本の野球を世界に見せつけるより先に、システムへの対応に追われる大会だった。かつてのWBCには、日本独特の「間」や、緻密な連係を世界へ提示する意味合いがあった。だが、これから先は少し様相が変わるかもしれない。

次回以降のWBCも、「日本の野球を見せる大会」ではなく、「日本人がMLB式ベースボールに、どこまで適応できるかを問われる大会」になっていく可能性がある。

それは進化でもあり、同時に問いでもある。日本の野球は、何を守り、何を変えるのか。WBCはその選択を迫る舞台になりつつある。

20周年を迎えたWBCは、たしかに前進した。世界は広がり、熱狂は深まり、野球は以前よりずっと“世界の競技”に近づいた。

だが同時に、この大会はまだ完成していない。制度も、理念も、参加のあり方も、なお揺れている。

次の20年へ向けて、WBCはどこへ向かうのか。その問いを静かに残したまま、第6回大会の物語は、ひとつの区切りを迎えた。

WBCは確実に前へ進んでいる。日本の連覇で始まった歴史は、2023年の侍ジャパンの優勝を経て、2026年にベネズエラの悲願へとたどり着いた。

勲章や知名度だけでは勝てない。個人の栄誉と、国を背負う覚悟は別物である。その残酷さと面白さを、20年目のWBCは改めて教えてくれた。ベネズエラの初優勝は、単なる一国の歓喜ではない。WBCが次の20年へ進むための、新しい号砲だった。

 

 

 

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