
来年3月、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)がやってくる。侍ジャパンが再び世界を相手に戦う舞台だ。だがその光景をテレビのチャンネルを回して探すことはできない。地上波は沈黙し、代わりに浮かび上がるのはNetflixの赤いロゴ。
発表によれば、WBC全47試合をネットフリックスが日本国内で独占配信する見通しだ。過去5大会で見慣れてきた、地上波から流れる実況は姿を消す可能性が高くなった。前回大会で日本戦の視聴率が40%を超え、平日の午前に国中がテレビの前で固唾をのんだ光景は、もう戻らないかもしれない。
理由は単純だ。放映権料が跳ね上がり、地上波が手を引いたのである。一部ではWBCの放映権料は50億円以上と言われている。スポーツビジネスの現実を思えば、それは避けられなかった結末だ。ボクシングの世界タイトルマッチがそうであったように、フジテレビのF-1中継がそうであったように、スポーツの舞台は少しずつ地上波から離れていく。

僕自身、2023年の前回大会は、全試合をAmazonプライムビデオで観た。そもそもテレビを持っていないし、友人の半分以上もテレビを持っていない。
東京ドームで観戦した開幕戦の中国戦の他は、試合が仕事中に始まることもあった。だから記事を書きながら、片隅の画面でアマプラを流していた。野球は茶の間ではなく、机の上のノートPCの中にあった。
昨年、ネットフリックスの契約はやめたが、来年3月に再登録する。WBCが終われば解約する。配信時代のスポーツ観戦とは、そういう「出入りの軽さ」をも受け入れるものだ。
もちろん、心配はある。Netflixは有料サービスだ。加入者はすでに1000万人を超えたというが、それでも日本の総人口から見れば一部にすぎない。テレビをつければ誰もが見られた「国民的行事」としての熱狂は、薄れるのではないか。

一方で、これは新しい扉でもある。放送という枠組みに縛られない自由さ。試合の全編を後から見返すことも、通勤電車の中でスマホにかじりつくこともできる。地上波の限られた時間枠に押し込まれた中継ではなく、配信ならではの楽しみ方がある。
配信という舞台には、これまでの放送にはなかった可能性が隠れている。好きな選手の打席だけを追いかけることもできる。観る者は、ただ受け取るのではなく、自分の手で試合を組み替えていく。野球は一方向の放送から、対話する体験へと変わろうとしている。
試合そのものも、放送が終われば消えるものではなくなる。アーカイブに残される可能性が高く、十年後、二十年後に振り返ることができる。2026年の一球が、未来の球児にとって「出発点の映像」として蘇るかもしれない。過ぎ去るものではなく、積み重なっていく物語として野球は残っていく。
そして、熱狂そのものも数字として記録される。どの瞬間に人々が画面に駆け寄り、どこでため息をついたのか。地上波では曖昧だった「熱の揺らぎ」が、可視化される。野球をどう伝え、どう広げていくかを考える上で、その足跡は確かな指針となるだろう。
アメリカでは今年5月、Netflixをはじめとするストリーミングの視聴時間が、放送とケーブルを初めて抜いた。日本もその未来に歩を進めている。NHK-BSの契約数が2241万、WOWOWが229万であるのに対し、Netflixはすでに1000万を突破した。価格も890円から始まるプランは、むしろ「野球を見るためのチケット」としては手の届きやすい部類だろう。
地上波でなくても、人は野球を見る。野球を語る。画面を通して同じプレーに声を上げ、SNSで瞬時に感情を共有する。熱狂の形は、時代ごとに姿を変える。昭和の街頭テレビも、平成の茶の間のブラウン管も、それぞれの時代にふさわしい「観戦の場」だった。令和のWBCは、Netflixという新しいスタジアムで行われる、というだけのことだ。

野球は生きている。伝統を守りながらも、環境に適応し続けてきた。放送が変わっても、打球の音や、歓声のざわめきや、勝負の緊張感は変わらない。むしろ、その変化の中で、次の世代が野球に触れるきっかけが生まれる。
現にプロ野球は、地上波から姿を消しつつある。かつてのようにナイター中継をどの家庭でも目にする時代は終わった。だが、観客動員数は年々伸び続けている。選手の年俸は高騰し続けている。画面の形が変わっても、野球の根にある魅力は揺るがないことを、静かに物語っている。
2026年3月。リモコンのボタンを押してもWBCは始まらない。けれどアプリを開けば、そこに侍ジャパンが立っている。新しい時代の野球は、そうして静かに幕を開ける。
テレビが担ってきた役割は終わったわけではない。ただ、野球はより自由に、よりしなやかに、未来へと形を変えていく。その変化を悲しむ必要はない。むしろそこから、新しい記憶と物語が生まれていくのだ。
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