
野球の外野席というのは、値段が安い。誰にでも開かれている。
甲子園もそうだ。アルプス席のように学校ごとに色づけされることもない。そこにあるのは、ただ野球が見たいという欲望だけだ。
夏の全国大会、第22回大会の昭和21年(1936年)には外野スタンドを木造から鉄筋コンクリートに改築した。アルプススタンドに対して「ヒマラヤスタンド」と呼ばれた。
急な傾斜が山肌のようにそびえ立つ。観客たちはいコンクリートをよじ登り、陽炎の立つグラウンドを見下ろした。

外野席から見る野球には独特の角度がある。投手の背中越しに打者を見据え、外野手と同じ方向からグラウンドを眺める。打球の行方を追うだけでなく、選手とほぼ同じ視線でプレーを共有しているような錯覚に包まれるのだ。

内野の観客が試合を“分析する目”だとすれば、外野の観客は試合を“体感する目”である。ヒマラヤスタンドは、その外野席の象徴だった。
名物のアルプススタンドに対して、甲子園から「ヒマラヤ」という名は消えた。それでも、甲子園という巨大な器のなかで、グラウンドを見下ろす急斜面は、いまも記憶のなかにそびえている。野球をただ野球として愛する声を集める、小さな山脈として。
甲子園の物語
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