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甲子園アルプススタンドの記憶〜声で戦う者たち、背番号なきユニホーム

甲子園アルプススタンドの記憶〜声で戦う者たち、背番号なきユニホーム

高校球児は甲子園のグラウンドを目指す。その夏のすべてを懸けて、マウンドへ、打席へと歩みを進める。

同じ時間、同じ夢を背負って目指す場所がもうひとつある。それがアルプススタンドだ。選手の家族も、仲間も、応援団も、校歌を知る者も、があの場所に集まって声を張り上げる。甲子園において「応援者の聖地」と呼ぶべき場所が、アルプススタンドなのである。

第97回センバツ高校野球

内野と外野の間に位置するアルプススタンドは、1929年に誕生した。増え続ける観客を収容するための工事が行われ、それまで外野ファウルゾーン東西にあった20段の木造スタンドが、50段の鉄筋コンクリート製へと改修された。

この新しいスタンドを、当時朝日新聞の記者として取材していた漫画家・岡本一平が「アルプススタンド」と名づけ、1929年8月14日の紙面に記した。実際には、一緒に観戦していた息子の岡本太郎が考えた呼び名ではないかとも伝えられている。

以来、この呼称は定着し、今日に至るまで多くの人々に愛されている。誕生からおよそ100年が経つ今も、夏の大会になれば、真っ白なシャツを着た観客たちでその大きなスタンドは埋め尽くされる。

甲子園を彩る風景の中で、アルプススタンドは選手とともに戦うもうひとつの舞台であり続けている。

甲子園のグラウンドに立つ者たちと同じように、アルプスを目指した者たちの夏もまた、確かに刻まれている。

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コラム:声の海、夏のアルプス

第97回センバツ高校野球

甲子園の夏を語るとき、必ずその風景の一部として浮かぶのがアルプススタンドだ。

白いシャツの群れが、そこに陣取る。それは、「もうひとつのユニホーム」である。背番号の選手たちではない。バットを握ることも、グラウンドに立つことも許されない。けれども、「もうひとつの野球部員」として存在している。

アルプスに吹く風は、独特だ。試合の流れに合わせて沸き立ち、沈黙し、また爆発する。数千人が一糸乱れず声を合わせ、太鼓やトランペットが規則的にリズムを刻むと、スタンド全体が巨大な生き物になったかのように見える。そこにいる者は、ただ声を張るだけではない。選手と同じ汗をかき、同じ呼吸を刻みながら戦っている。

アルプスに立つと、フィールドは不思議な角度で広がって見える。打席に立つ姿は、遠く霞んで小さい。それでも声を枯らして叫ぶ。届いているのか、届いていないのかも分からない声を、ひたすらに送り続ける。

アルプス席は、勝者と敗者の境界に最も近い場所でもある。九回、最後の打球が空に舞い上がるとき、その一瞬の静寂を共有するのはアルプスにいる者たちだ。歓喜と落胆が、わずか数秒のうちに交差する。その濃度は、グラウンド以上に濃いかもしれない。

甲子園という巨大な舞台に立つのは、ベンチ入りのメンバーだけではない。アルプスに陣取る全員が、同じ夏を走り抜けている。

勝ったチームのアルプスは美しく、敗れたチームのアルプスは痛々しいほどに哀しい。声が震え、涙で楽器の音が乱れる。それでも最後まで声を張り続ける姿に、甲子園という場所の意味が宿っている。

夏の陽射しの下で、背番号を持たぬ観客が作り上げる風景。そこに座った経験のある者なら誰もが知っている。アルプススタンドは、甲子園の物語を完成させる、もうひとつのグラウンドなのだ。

1997年(平成9年)のアルプススタンド

センバツ決勝戦

1997年8月15日。真夏の甲子園は、いつも通りの熱を帯びていた。大会8日目、第3試合。晴れ渡る空の下、午後1時59分にプレイボールが告げられると、4万7千人の観衆の視線が一斉にグラウンドに注がれた。

三塁側アルプスは、平安高校を支える3,000人の群れで埋まっていた。応援団には、姉妹校である京都女子高校、女子中学のバトン部の少女たちが並ぶ。30人のチアリーダーが、真っ白な陽射しに汗を光らせながら腕を振り上げる。その姿は、グラウンドの選手よりも必死に見えた。

相手は高知商業。平安は甲子園で四国勢に5連敗中という不吉な記録を背負っていた。アルプスの声援は、重苦しい空気を、声とリズムが振り払おうとしていた。

8月18日、大会11日目。準々決勝をかけた浜松工業戦。午前11時29分、2万2千人の観衆が見守る。甲子園入りしてすでに2週間。球児も、スタンドも、疲れの影を隠せない時期だ。

それでも試合は終盤まで競り合った。3対2、平安の1点リード。9回表、2アウト三塁。最後の打者は浜松工業のエース、伊藤。緊迫した空気を切り裂くように、アルプスから『ルパン三世』のテーマが響いた。そのメロディが、選手と観客の呼吸をひとつにする。

8月21日、大会14日目。決勝戦。午後1時、観衆5万4千人。三塁側アルプスは智辯和歌山の赤で埋まった。最前列には野球部員たち。30人の野球部員のうち、アルプススタンドに11人の野球部員が混じっていた。

ベンチに入れなかった者たちが、最後の舞台に立っていた。ダグアウトとアルプススタンド。そのわずかな差の中に、高校野球が凝縮されている。

1997年の甲子園。アルプススタンドには、歓声や音楽だけでなく、勝者と敗者の影が確かに刻まれていた。あの夏の声援はいまも、コンクリートの階段に染みついたまま、風が吹くたびに小さく揺れ動いている。

甲子園の物語

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