
陽炎のように揺れる内野の向こうで、ひとりの投手が立っている。
帽子の庇を深く下ろし、マウンドを蹴る足に力を込める。8月の風が、背中に貼りついたユニフォームの「1」をなぞっていく。
その投手を、我々は「エース」と呼ぶ。
数字で言えば「1」という背番号に過ぎない。だが、高校野球にとって、ある夏、ある大会、あるベンチでは、その背番号が意味するものは、明らかに別の重さを持っている。
エースとは、投げることで仲間の鼓動を整える者である。沈黙の中にあっても、声を張らずとも、そこにいるだけで、チームの体温が変わる。エースが投げるストレートには、回転数や球速では測れない何かがある。
エースは複数形を嫌う
好投手を2人そろえたチームはある。3人いるチームもある。二枚看板、三本柱。そういう言い方はできる。だが、エースという言葉は複数形を嫌う。
たとえ好投手を複数擁するチームであっても、「エース」という形容だけは、二枚看板や三本柱という言葉に分け与えることができない。エースとは、唯一無二でなければならない。
監督の次に、あるいは監督以上に、チームの勝敗を背負って立つ者。無数の眼差しの中で、孤独を引き受けながらも崩れない者。
エースとは、困ったときに使う最後に残された保険ではない。最初から勝敗を託される、チームの確信でなければならない。
それができる者を、人はエースと呼ぶ。
「負ける気がしない」投手
エースとは、「こいつで打たれたら負けても仕方ない」と思わせる投手でもある。
そして、高校野球の場合、それだけでは足りない。
打線が弱くても、守備に不安があっても、「こいつが投げたら勝つ気がする」と思わせる投手。どれほど相手が強豪であっても、この背番号1がマウンドに立っている限り、まだ終わらないと思わせる投手。
言い換えれば、エースとは「負ける気がしない投手」である。
高校野球はトーナメントである。1度負けたら終わる。明日はない。敗戦は、3年生にとってはそのまま終点になる。
だからこの競技では、「勝つ」ことより先に、「負けない」ことが大事になる。
エースとは、その最後の防波堤だ。
勝てる投手では足りない。大事な試合で負けない投手でなければならない。
先に点をやらない。流れを渡さない。相手の勢いを受け止め、試合の呼吸をこちら側に戻す。
チームを強くするには、エースの存在が必要だ。ほかの部員はエースから強豪チームと戦える自信をもらい、少しでもその背中に近づこうと努力することで、チームが一段階、強くなる。
完投という意志
ここで重要になるのが「完投」という資質である。
完投は、ただの記録ではない。球数の多さでも、古風な美徳でもない。エースが最後まで投げ切る、という意志の形である。
高校野球の球場では、エースがマウンドを降りた瞬間、風向きが変わることがある。まだ同点でもない。あるいは、まだ1点リードしている。それでも、逆転される匂いだけが先に生まれることがある。スタンドも、ベンチも、相手校も、その気配を嗅ぎ取る。
「あの投手が降りた」
その事実だけで、試合の温度が変わる。エースは、簡単には降りてはいけない。
マウンドとは、エースの持ち場である。そこを明け渡すことは、単に投手交代を意味しない。試合の重さそのものを、誰かに預けることを意味する。
言い訳を許されない宿命
言い訳が許されないのも、エースの残酷な宿命だ。味方の失策、拙いバント処理、判断ミス。そういう綻びで試合が傾くことはある。
だが、それで「仕方がない」と思われるうちは、まだ真のエースではない。
味方のエラーで走者を背負っても、次の打者をねじ伏せる。バント処理のミスでピンチが広がっても、そこから点を与えない。内野の判断ミスで流れが相手に渡りかけても、その流れごと三振で断ち切る。
ミスがあっても、そのミスを帳消しにしてしまう。崩れかけた試合を、もう一度こちらへ引き戻してしまう。そういう理不尽なまでの要求を、高校野球はエースにだけ課す。
それは酷だ。
だが、酷であることも含めて、エースなのである。
マウンドという丘に立つ者
エースは、英語で「キング・オブ・ヒル」、すなわち「丘の王者」とも呼ばれる。
グラウンドの中で、ただ1カ所だけ高くなっている場所。それがマウンドであり、そこに立つ背番号1には、いつも熱いものが注がれる。
野球はピッチャーが投げることで始まる。その最初の1球を、誰よりも重く、美しく、正確に放つ者。エースを見るだけで緊張し、同時に安心する。
それは、闇夜を照らす灯台のような存在であり、嵐の中でもぶれることなく、周囲に方向を示す存在でもある。エースとは、他者の心に火を灯す存在なのだ。
「エース」という言葉の由来
そもそも「エース」という言葉の由来については諸説ある。
その中でしばしば挙げられるのが、19世紀アメリカの投手、エイサ・ブレイナード、Asa Brainardの存在である。
ブレイナードは1869年に65勝を挙げたとされる大投手で、その活躍から、すぐれた投手を「エイサのようだ」と形容するようになった。そして、ブレイナードの名前、あるいはニックネームである「Asa」をもじって、「Ace」と呼ぶようになったという。
この説の真偽については議論があるとしても、少なくともこの言葉の背後には、ただ優れた投手ではなく、群を抜いた1人を指し示したいという人間の願望がある。
二番手でもない。選択肢のひとつでもない。そのチームにおいて、最も重い場面を託される者。それがエースである。
夏に探す「1番」の背中
だからまた、野球ファンは探すことになる。
照りつける太陽の下、土にまみれながらも静かに立つ「1番」の背中を。
その背中には、勝利への期待だけが乗っているわけではない。仲間の不安、監督の決断、スタンドの祈り、そして敗れれば終わるという夏の残酷さまでが乗っている。
それでも、エースはマウンドに立つ。
帽子の庇を深く下ろし、足元の土をならし、サインを見つめる。そして、また投げる。その1球に、チームの鼓動が重なる。その1球に、夏の運命が宿る。だから我々は、その投手をこう呼ぶ。
エース、と。
川口知哉という名の灯
1997年、夏の甲子園。スタンドに吹いていた風が、今もときどき記憶の中でざわめく。まだ金属バットの音にどこか土の匂いが残っていた時代。
京都・平安高校の背番号1、川口知哉は、決勝戦のマウンドにいた。
長身から振り下ろされる左腕。そのフォームにはどこか異質な静けさがあった。
140キロを超える速球も、大きな孤独を描くスローカーブも、手から放たれた瞬間に、空気の質が変わった。
川口知哉という投手は、吠えなかった。自分を鼓舞するような拳も、天を仰ぐようなガッツポーズも、ほとんど見せなかった。それでも試合の空気は、一球ごとに、川口知哉のものになっていった。
不思議だ。なぜ、このピッチャーだけが、あんなふうにマウンドに“居られる”のか。
川口知哉は「勝つために投げる」投手ではなかった。「勝つことを疑わない」投手だった。
大事な試合で負けない、先制点を与えない、最後までマウンドに立ち続ける。エースに求められる要素を、当たり前のように持っていた。
それ以上に突出していたのは、「誰よりも平常であり続ける」能力だった。
観客席がざわつくピンチの場面でも、マウンドの川口は、汗も、呼吸も、動作も、変わらない。周囲がどれほど揺れても、一点の揺るぎもなかった。それは単なる冷静さではない。「揺れない」と「揺るがない」は、似て非なるもの。
川口知哉がエースだった理由は、単に球が速かったからでも、左腕だったからでもない。その沈黙のような佇まいこそが、平安という伝統校の「芯」になり得たからだった。
マウンドが「丘(ヒル)」だとすれば、川口知哉はその上に立ち、周囲の誰よりも先に、風の向きを感じ、チームの行方を見つめていた。仲間たちは、川口の姿を見上げて、戦う覚悟を固めることができた。だから川口は「キング・オブ・ヒル」だった。
あの静かな背中が、甲子園の陽炎の中に溶けていく光景を、いまも忘れない。
平安高校のコラム
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