
150キロの球速が珍しくなくなった今でも、左腕が150を超えると騒がれる。速球の価値が変わったわけではない。それを放つ腕の“向き”が、野球という風景の中で異質に見える。
サウスポー。
それは、野球における、ひとつの物語である。
「サウスポー」の語源

「サウスポー(southpaw)」の語源は、19世紀のアメリカにさかのぼる。「南(south)」+「手(paw=動物の足・手)」の組み合わせ。なぜ「南」が左なのかは明確にわかっていない。

映画『ロッキー』では、「フィラデルフィアのボクサーの左手が南を向いていたから、サウスポーと呼ばれるようになった」とエイドリアンとの初デートで説明する。

野球における発祥説は、19世紀。当時の野球場の多くがバッターが東を向くように設計されていた。これは夕陽(西陽)が目に入らないようにするための配慮といわれる。ピッチャーがマウンドに立ったとき、左腕で投げる投手は南(south)側の腕で投げることになる。これが「サウスポー(南の手=southpaw)」と呼ばれるようになった理由。
人類最速はサウスポー
世界最速のボールは、左手から放たれた。
人類最速の記録を持つのは、キューバー人のアロルディス・チャップマン。2010年9月24日に105.1マイル(169.1キロ)を記録した。
2位のベン・ジョイス、3位のジョーダン・ヒックスは右投げだが、他に169キロを記録したことがあるルーク・リトルはサウスポー。決して左腕が遅いわけではない。
サウスポーと右腕の人口比の違い
まず、世界の左利きの人口は全体の約10%程度。単純に「才能ある投手の母数」が右投手より圧倒的に少ない。球が速い人の絶対数も自然と右腕が多くなる。サウスポーとは「10人に1人の浪漫」であると言える。
右利きの左打者は多いが、右利きのサウスポー投手は限りなく少ない。左投げとは、それほど特殊なのだ。
サウスポーは打者が慣れていない
人口比率が少ないため、サウスポーは打者にとって「見慣れない存在」でもある。だから球速がそこまで速くなくても“速く見える”傾向がある。打者の体感スピードが速いので、左で140km/hを投げる投手が、右の150km/hと同じくらい打ちづらかったりする。
打者にとって、サウスポーは“違和感”の塊。その錯覚の魔法が、野球の妙である。
ただし、球が実際の球速より速く見えるかはフォームや球の出所など様々な要素があり、打者によって感じ方は異なるので一概には言えない。
サウスポーのフォームと身体の構造
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要素 |
左投手 |
右投手 |
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肩の可動域 |
制限あり |
広く柔軟性あり |
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回旋動作の慣れ |
連動に工夫が必要 |
体幹連動が自然 |
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球速の出しやすさ |
低めになりがち |
高い |
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独特なフォーム |
多い(クセが武器) |
少ない |
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打者にとっての視認性 |
低い(見えにくい) |
高い(見えやすい) |
一般的に、右投手の方が肩や腕の可動域・筋肉の使い方において球速を出しやすいとされる。右腕は、日常で多く使われる。肩の可動域も広く、腕を後ろに引く「外旋」、前に振る「内旋」もスムーズ。それが、球速という結果に現れる。
■ 肩関節の構造と可動域の違い

人間の肩関節は、利き腕(多くは右腕)のほうが日常生活で多く使われており、発達しやすい傾向がある。これは可動域や柔軟性にも影響し、以下のような差が生まれる。
-
右投手:肩の外旋(腕を後ろに引く動き)と内旋(前方へのスナップ)において、柔軟性と筋力のバランスが取りやすく、投球動作を最大限に活かせる
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左投手:使用頻度が少ない場合、肩の動きに制限がかかりやすく、柔軟性・筋出力ともに左右差が出やすい。フォームの習得に工夫が求められる
球速を出すためには「体幹から指先までの連動性」が重要になる。この連動がスムーズなほど、ボールに効率的にエネルギーが伝わる。
右利きの選手は、自然と右方向への回旋動作に慣れており、下半身(右股関節~骨盤)と上半身(肩甲骨・胸郭)の「捻り戻し」がスムーズに行える。これにより、強いトルクを生み出し、球速アップにつながる。
サウスポーの有利性
一方のサウスポーにも競技において利点がある。
一塁へのけん制が見やすい
左投手は身体をひねらずとも一塁ランナーを視野に入れられる。これにより、盗塁の抑止力が高く、牽制の技術が試合を支配する要素になり得る。
左打者への優位性
サウスポーは同じ左打者に対して有利になる。外へのスライダーやチェンジアップなど、打者から逃げていく球で勝負できるため、1アウトごとが価値を持つ中盤以降の試合では重宝されます。
史上最高と史上最強のサウスポー
川口知哉
中学2年生だった1997年(平成9年)の夏。テレビの前で、ある感情に言葉を与えた。
「尊敬」
前から辞書的な意味は知っていた。だが、心の底から「誰かをすごいと思う」ことが、どんな気持ちなのか、そのとき初めてわかった。画面の向こう、マウンドに立つ孤高の左腕がいた。
川口知哉。平安高校のサウスポー。背番号1。春のセンバツでも、いい投手だと思った。だが、「そこそこ」という範囲に収まる印象だった。ところが、7月の京都大会、蒸し暑い午後。テレビ中継を何気なく見ていた眼に飛び込んできたのは別人だった。
まっすぐがグングン伸びてキャッチャーミットに飛び込んでいく。外角低めに吸い込まれるストレート。バットが出ない。いや、出せない。見逃し三振。たった1打席で心を鷲掴みにされた。
「この人は、きっとチームを甲子園に連れて行く」
1ヶ月後の1997年8月21日。初めての甲子園球場。蒸し暑い空気と、土の匂いと、何万人という観客のざわめきのなかで、バックネット裏から川口知哉を見た。
川口知哉のサウスポーには、風格と品格の両方があった。
スコアでは負けていた。ひとりで5試合を投げ抜き、試合前から腕が上がらなかった。キレは失われ、コントロールは定まらず、強力な智辯和歌山の打線に打ち込まれた。それでも、顔を伏せず、背を向けず、マウンドに立ち続けた。
チームの敗戦を、自分で受け止める。悔しさも、涙も、全部引き受けて、誰のせいにもせず、背中で語る。真のエース。
それ以降、川口知哉を超える投手は現れていない。そして、97年を超える夏も、まだ訪れていない。
ランディ・ジョンソン
野球ファンの間でたびたび交わす「史上最強の投手は誰か?」という議論。
20年以上、答えが変わっていない。
ランディ・ジョンソン。
「ビッグ・ユニット」と呼ばれた剛腕。その異名どおり、規格外の存在。
魅せられたのは、圧倒的な成績ではない。もちろん伝説的な記録を残している。通算303勝、4,875奪三振(歴代2位)、サイ・ヤング賞5度。それでも、心を射抜かれたのは、一瞬の閃光だった。
身長208cm、その巨体から繰り出される160キロを超えるストレート。それはスポーツというより、もはや“凶器”だった。超一流のメジャーリーガーが三振するのは、「命の危険」を感じて慄いているのではないか。そんな錯覚を抱かせた投手は、ランディ・ジョンソン以外にいない。
マウンドに立つ長身は、エヴェレストに見えた。クライマーの命を飲み込むような、圧倒的な存在感。その一球は、勝敗ではなく“命のやりとり”に思えた。マウンドは、戦場だと教えてくれた。
サウスポーという浪漫

野球は打者が打った後、進塁する方向が一塁 → 二塁 → 三塁と反時計回り(左回り)に動く。時間と運命に逆らう反抗者のスポーツの中で、左投手は野球を象徴する。
サウスポーは少数派であり、“異端”として語られる。左投げは既存のシステムに対するノイズのような存在。逆風に立つ吟遊詩人である。
そこに野球ファンは、非日常の魔法を見る。
「右」が支配するこの世界において、「左」の投球は裏側から世界を眺めるような感覚。サウスポーは、予測不能な詩の一節。
この違和感、異質さ、不確かさこそが、サウスポーの魅力であり、観客の心に“詩”を残す存在となっている。
もし平安高校の川口知哉が右投げだったら、投球フォームを真似することもなかった。数ある甲子園のヒーローに埋もれていた。
野球ファンはサウスポーに浪漫と詩情を見出す。異端であるがゆえに、記憶に残り、詩情になる。
ベースボールの物語は、左からやってくる。
なぜサウスポーは高校野球の甲子園に似合うのか

左投手には、どこか遅れてグラウンドにやってきた季節のような感じがある。
同じ野球をやっているのに、少しだけ景色が違って見える。右投手のボールが正面から来る列車だとすれば、左投手のボールは踏切の外から斜めに入ってくる風だ。速いとか遅いとか、その前に、打者はまず違和感を受け取る。高校野球では、その違和感がそのままドラマになる。
甲子園は、うまい選手が似合う場所ではない。きれいに整った選手だけが映える場所でもない。少し足りないもの、少し過剰なもの、少し説明のつかないものが、真夏や早春の光の中で突然、意味を持ちはじめる球場である。サウスポーは、その「少し説明のつかないもの」の代表だ。
左で投げる、というだけで、もう物語の入口に立っている。
世の中の大半は右利きでできている。野球もまたそうだ。右を基準に考えられている。その世界に、左腕がひとり立つ。たったそれだけのことで、風景に微妙な傾きが生まれる。甲子園は、その微妙な傾きを拡大して見せる装置でもある。
アルプスの応援が鳴る。ブラスバンドが鳴る。白いユニフォームが陽に照らされる。そこへ、三塁側に身体を開きながら、あるいは一塁側へ長く流れながら、左腕が振られる。フォームは、右投手より少しだけ詩に近い。合理性の線から、半歩だけはみ出している。その半歩が、高校野球では忘れがたい。
プロ野球の左腕は、技術として理解される。対左打者のワンポイントだとか、クロスファイアだとか、牽制だとか、そういう言葉で整理される。もちろんそれは正しい。だが甲子園では、左腕はまず技術ではなく、印象としてやって来る。
ああ、サウスポーだ。
高校野球は、強さを観る競技であると同時に、輪郭を観る競技でもある。
誰がいちばん速かったか、よりも、誰の球がいちばん夏の匂いをしていたか。誰がいちばん打てなかったか、よりも、誰の背中がいちばん敗北を引き受けていたか。甲子園では、そういう見方ができる。だからサウスポーは似合う。左腕は成績の前に、まず影をつくるからだ。
たとえば、1997年の平安の川口知哉がそうだった。
あの左腕は、球速だけで記憶されているのではない。もちろん速かった。だが、それだけなら、記録の棚にしまわれて終わる。川口の左腕が残ったのは、あのフォームに孤独があったからだ。マウンドに立つ姿に、勝敗とは別の気配があった。高校生なのに、高校生の輪から半歩外に立っているような感じがあった。
甲子園は団体競技の舞台だが、同時に個人の孤独がもっともよく見える場所でもある。左腕は、その孤独を隠しにくい。
一塁走者を横目で見る。左打者の内角へ食い込ませる。右打者の外角へ逃がす。サウスポーの投球には、つねに「ずらす」感覚がある。真正面から押し切るというより、相手の立っている地面を少しずらしてしまう。
観客は、説明できないものを愛する。
150kmキロの時代になっても、左腕の150キロにざわめきが起きるのは、そのためだろう。速い球を見たいのではない。珍しい速さを見たいのでもない。世界の裏側から飛んでくるような1球を見たいのである。サウスポーの速球には、しばしばそういう錯覚がある。球そのものより、球の来る方向が、すでにドラマになっている。
そして甲子園は、そういう錯覚にもっとも寛大な球場だ。
春のセンバツでも、夏の選手権でも、左腕がひとり現れると、球場の温度が少し変わる。晴れていても、少しだけ曇る。曇っていても、少しだけ光る。サウスポーは天候そのものを変えるわけではないが、観る側の感受性の天気を変える。だから、高校野球の記憶をたどると、そこには左腕が立っていることが多い。
右投手が王道だとすれば、左投手は脇道である。だが、旅の記憶に残るのは、たいてい脇道のほうだ。そこには少し余白があり、少し不安があり、少し詩がある。高校野球は、勝った負けたの競技でありながら、最後には詩の残る競技でもある。サウスポーは、その詩を運ぶのに向いている。
左腕は、世界を逆から投げている。
だからこそ、甲子園に似合う。甲子園球場もまた、ふつうの時間の流れを少しだけ逆さにする場所だからである。
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