ベースボール白書

野球場で逢おう

奈良の甲子園〜まほろばの野球

初代の天皇である神武天皇を祀る橿原神宮大和三山のひとつ畝傍山(うねびやま)が見守る麓に奈良県立橿原公苑野球場佐藤薬品スタジアム)がある。ここは夏の甲子園奈良県代表校を決める予選会場。

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1952年(昭和27年)7月に開場。その年の9月にはプロ野球の公式戦である近鉄パールスvs.毎日オリオンズが行われた。齢80歳を超える。両翼93m、中堅120m。収容人員は9,347人。

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大会は梅雨の真っ只中。明け方から雨が降り、やんでは降っての繰り返し。所々のシートが濡れている。

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7月9日の日曜日。大会2日目。8時間後の夜には新宿に戻る。その前に地元の高校球児を目に入れておきたい。双児の弟と甥と一緒に観戦。4歳の甥っ子は暑さで早くも帰りたいとせがむ。弟は「我慢を覚えさせんとアカンねん」と沈黙を貫く。

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地元の桜井高校は1904年(明治37)の創立。親が自分たち兄弟を大阪の私立に行かせなければ、母校だったかもしれない。野球名門校ではないが、毎年いいところまで行く。

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奈良は天理・智弁学園・郡山の三国志が完全に支配するが、その牙城を打ち崩したのが10年前。2013年の夏、奈良県では44年ぶりに県立高校が出場した。桜井のキセキ。

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相手は奈良高校。奈良県下の公立高校でダントツの偏差値を誇る進学校。いわゆるガリ勉。井筒和幸監督の母校でもある。大正13年の創立で甲子園球場が完成したのと同じ年。99年間の長い長い歴史を誇る。

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桜井高校の背番号1は170センチの2年生エース。象のような太ももが鍛錬を物語る。豪速球は強靭な足腰から生まれる。直球のスピード、キレは悪くない。しかし、立ち上がりが不安定で四球スタート。自身のエラーも絡み、ヒット0本で先制点を許す。

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桜井は邪馬台国があった村であり、桜カラーが応援席を彩る。高校野球でピンクは珍しい。2年生が7人、3年生が13人と少人数の野球部。

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奈良高校も鮮やかなイエロー。太陽の下でやる高校野球にふさわしい。スタメンに1年生が3人。部員は全部で31人で女子が5人もいる。

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逆転したい桜井高校だが、奈良高校のエースで4番の2年生が踏ん張る。メガネをかけ、文武両道に違いない。毎回ランナーは出すものの残塁。ツーアウト満塁のピンチも切り抜ける。

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逆に3回には連打から一挙4得点を許し5対0。奈良高校は得点圏にランナーが進むとチャンステーマはなぜか「市船ソウル」。サッカーだと試合終了だが、ここから逆転するのが野球の面白さ。

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バットが白球をとらえる。ジャストミート。キィーンという高い金属音が球場に響く。甲子園で金属バットが使われ始めたのは1974年(昭和49年)春のセンバツから。

今年は3月のWBCに始まり、巨人のイースタン、巨人の1軍の開幕カード、早慶戦、全日本大学野球選手権と木製バットだけしか見ていなかったから懐かしい音。

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蝉の声を消すブラスバンドの応援。吹奏楽部24人。応援旗に折鶴もある。演奏曲はYOASOBIの『アイドル』が多い。懐かしいhitomiの『LOVE 2000』やMONGOL800『小さな恋のうた』も。20年以上経ってまだ受け継がれている。

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奈良高校は智辯和歌山で有名な『アフリカン・シンフォニー』。この日はブラスバンドが間に合わず、OB OGで構成した音楽隊。必殺仕事人、暴れん坊将軍のテーマなど渋い。

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5回に入ると空が晴れ、太陽が顔を出す。お天道様も野球が気になるらしい。屋外球場は風も雲も観客のひとり。球児はドームより炎天下が似合う。両エースも調子を上げ、投手戦。

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円陣を組んで気合を入れ直す。桜井高校はバッティング練習が日曜日しかできず、打撃が課題。その分、ウエイトトレーニングをして筋力をつけてきた。4回裏に先頭バッターが二塁打を放ち、そこから2点を返す。7回を終えて3-5のビハインド。

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野球はひとつのプレーが流れを変える。7回、センターがダイビングキャッチでエースを救う。WBCのヌートバーを彷彿とさせる。すると100球を超えたピッチャーの疲れが見始めた7回裏。ボールが高めに浮く。

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桜井は頼れる4番のタイムリーで得点。続く2年生の5番は、いい当たりのないキャッチャー。フルカウントからのペイオフピッチを引っ掛けるが、サードゴロをエラーで同点。

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ファインプレーとエラー。天国と地獄。たった一回でも大きく違う。勝敗が見えてきた。

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奈良高校のスタンドからは「アフリカン・シンフォニー」の応援。力投を続ける桜井の2年生エースも足がつる。厳しい暑さと湿度。軽い脱水症状。球数も100を超えている。8回には奈良高校のレフトも足が攣った。ダルビッシュが不要と唱える走り込みが必要か。

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桜井高校ビッグイニングで8-5と3点リード。5点差をひっくり返した。これぞ野球。これぞ高校野球

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最終回はファインプレーの中堅手がクローザー。下位打線を抑えられるか。182センチから投げ下ろす角度のある投球。先頭打者にテキサスヒットを打たれる。

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そのあとも立て続けに打たれ、なんと8-7のルーズヴェルトゲーム。しかもここからクリーンアップ。

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3番を三振に打ち取りツーアウト一塁、4番ピッチャーのところで代打20番。1年生。先輩の最後の夏を託す。

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外角高めのボール球を強振し三振。ゲームセット。悔しさで思い切りバットを叩きつける。

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最後の夏を終えた。多くの3年生にとって、この敗北は単なる一敗ではなく、野球との別れを意味する。あの1球、あの風が永遠となる。

猛暑の中、両チーム合わせて19安打の殴り合い、2時間半を超える激闘を終えた。選手も応援も、遥かなる甲子園。降雨の佐藤薬品スタジアムには太陽がはっきりと顔を出していた。