孤高のベースボール

野球場で逢おう

都市対抗野球2024〜野球雲が見えた日

「毎日クソ暑くて死にそうですね」なんて書き出しのビジネスメールが届く令和6年7月。プロ野球でも熱中症が顕著になり、夏の野球は給水所のないフルマラソン化している。高校野球の甲子園すら大阪ドームへの遷都が唱えられる。東京ドームが存在しなければ、都市対抗野球の開催自体が危ぶまれたかもしれない。社会人野球が無ければ落合博満野茂英雄伊藤智仁古田敦也といった球史に名を刻む選手は生まれていない。トヨタ出身の源田壮亮がいなければ去年のWBC優勝は果たせなかっただろう。

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パリ五輪は1秒も観ていないので盛り上がりが分からないが、悲しいことに都市対抗は五輪がなくても注目度が低い。サラリーマンは自分たちと最も立場が近い野球を観にくると思いきや、決勝戦でも足を運ばない。社会人野球ほど酒の肴はないはずだが、野球ファンと呼ばれる人たちですら、プロ野球より10年歴史のある都市対抗を球場で観た人は少ない。同じアマチュア野球でも高校野球の人気とは大きな差がある。

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プロ野球の次にレベルが高いが、ノンプロと呼ばれるように、ノンアルコールのようなもの。お酒好き、野球好きからすれば中途半端。むしろ技術はなくても若き血と汗が躍る高校野球のほうが人を惹きつける。社会人野球の魅力は、それこそ社会人にならないとわからないだろう。年々、野球部が減っている社会人野球において残っている多くは誰もが名を知る一流企業。しかし彼らは入社試験もなく、入社後も労働は一般社員より少ない。野球の練習があるからだ。労働に追われる社員と違い、好きな野球をやりながら同じ給料をもらえる。チーム数が減っている昨今において、社会人でも野球ができるのは一握り。彼らもまた、プロと同じくドラフトで入ったエリートなのである。

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ノンプロの選手たちは仕事よりも野球の時間が長い。試合数が少なく8割は練習。だからプロを相手にアジア大会で優勝するような一流レベルが保てる。仕事よりこうして趣味の野球の文章を書いている自分と親近感が湧いてくる。トーナメントがないプロ野球において、都市対抗野球は野球の富士山である。

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令和6年7月30日(火)、東京の巨大な日傘である東京ドームへ。夕立により湿度全開、ドームに着く頃にはTシャツはビショビショ。

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1927年(昭和2年)の第1回大会から神宮や後楽園球場だったが、1988年の第59回大会から舞台を東京ドームに移し、白い夏を彩ってきた。ここには夏草の匂いも夏の入道雲もない。冷房がガンガンに効いて観客も少ないから肌寒い。東京ドームはシーズン・フリー。

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2024年の第95回は応援しているヤマハミキハウスが1回戦で敗退。王者トヨタENEOSも破れ、去年のヤマハvs.トヨタの東海地区バトルとは違い、今年の決勝戦仙台市vs.横浜市

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JR東日本東北(仙台市)の硬式野球部は1919年(大正8年)の創部。かなりの古豪で都市対抗も第1回大会に出場。初戦敗退で2011年のベスト4が最高位。攝津正や小坂誠を輩出している。

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三菱重工East(横浜市)は1971年の創部で歴史が新しい。最も有名なプロ野球選手は西武ライオンズ石井貴都市対抗は舞台を後楽園球場から東京ドームに移した1988年が初出場で2010年、2017年のベスト4が最高。どちらも勝てば初優勝となる。

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ラグジュアリーな椅子

去年に続いてエキサイティングシートを取ったはずが、なぜか2階席。これも夏のせいなのか。結果的にギックリ腰にはフレンドリーな椅子。この場所からは両チームの応援団がよく見え良かった。来年は予選をプレミアムシート、決勝をエキサイティングシートにしようと思う。

都市対抗野球2024〜野球雲が見えた日
都市対抗野球2024〜野球雲が見えた日

都市対抗の球場メシは「大阪ふたご」の牛タンカレー、ドデカサイズのコカ・コーラ。1500円。横浜のシューマイ探したけど見つからず。不思議なくらい山小屋と野球場にはカレーとコーラが合う。

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社会人野球は試合前にエールを交換する。その間、相手チームは頭を下げて御礼。

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この儀式は海外から見れば不思議だろう。日本に野球が伝来したのが学校教育(大学野球)だったように、最もクラシカルな野球を体現しているのが学生ではなく社会人野球なのである。

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始球式は古田敦也。昨年の宮本慎也と同じく社会人野球の礎を築いてきた先達。これが本来の始球式のあるべき姿。グラビアアイドルや他のアスリートは神聖なマウンドに必要ない。

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勝戦で驚いたのが両チームとも癖のあるフォームの技巧派ピッチャーばかりで150キロを超える速球派がいないこと。これでトーナメントの山を勝ちがあってきたことに驚く。逆に初対戦の都市対抗では、慣れるまで時間がかかるため変則ピッチャーのほうが良いのかもしれない。

都市対抗野球2024〜野球雲が見えた日両チームの違いは応援の迫力。応援団の数は、さすがJRだけあって仙台のほうが外野席までいるが、圧倒的に三菱のほうが迫力がある。本来なら男がやる応援パフォーマンスも女性ひとりがやる勇ましさ。

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相手の攻撃中であっても休まずに応援を続ける。音楽といい姿勢といい台湾の応援団に近い。三菱は台湾と関係が深いのだろうか。

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一方のJR東日本東北の応援も線香花火のような煌めきが美しい。ただし、仙台は味方の守備中はおとなしい。

三菱はお構いなしに応援。特にスティックを持つ観客との息が合っている。相手チームの応援も見惚れていたほど。

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応援団の気迫が伝染したかのように、ショートの矢野幸耶が先頭打者ホームラン。準決勝までは10打数無安打が、この日は2打席連続ホームランを含む4安打3打点。チームの全得点を一人で叩き出した。

際立つのは両チームの守備の良さ。ダイビングキャッチを見せた三菱重工Eastのライト江越も見事だが、全員ゴロのさばきがいい。ここまで基礎がしっかりしているのはトーナメントを勝ち抜く社会人野球ならでは。ひとつのミスが命取りになる。守備がしっかりしているから他国のプロとやっても試合を作れるだろう。

都市対抗=応援団と言われるように、見事な試合以上に目を引くのが応援。試合を観なくても野球の面白さが伝わる応援は少ない。圧巻の迫力で、ついグラウンドから目が逸れてしまう。

都市対抗野球

三菱重工Eastの応援は心から野球というスポーツを愉しんでいる。決勝まで来れた嬉しさが伝わる。その熱が試合に伝染し、そのままの展開。去年のヤマハの応援も圧巻だっが、それ以上かもしれない。

本当に野球というスポーツを愉しむ応援。野球と夏フェスが一体化したオトナの文化祭。韓国にも台湾にもアメリカにもプロ野球にもない都市対抗だけの宇宙。かつての野球がサラリーマンの最大の娯楽だった時代が甦る。

都市対抗野球

今のプロ野球は多様性の名の下、プレーを見ずにイケメン選手の顔を一眼レフで撮ったり、守備のときはスマホでゲームしたり、東京ドームは巨大な居酒屋やカラオケボックス。それは時代の流れに乗って良い変化である。都市対抗は、プロ野球が失ったクラシカルな郷愁がある。映画『フィールド・オブ・ドリームス』の夕暮れの野球が蘇る。

都市対抗野球

最後は今大会のMVPである橋戸賞を獲ったクローザー本間大暉がセンターフライに打ち取り初戴冠。

都市対抗野球2024〜野球雲が見えた日

三菱重工Eastには社会人の侍ジャパン代表が一人もいない。スター主義のプロ野球と対に、箱根駅伝の青学のようなチーム力の優勝。野球が野球らしい試合を届けてくれた。

野球に完璧な勝利がないように、同時に完璧な敗北も存在しない。その欠けた部分に最も人間臭さと野球の面白さが隠れている。

都市対抗野球2024〜野球雲が見えた日

炎天下で戦う高校球児たちも、東京ドームを戦い抜いた社会人も、野球で流す汗とユニホームの土に優劣はない。また明日から夏の光の中を駆けていく。

都市対抗野球2024〜野球雲が見えた日

この日の東京ドームには野球雲があった。雲は「cloud(クラウド)」、同じ発音のcrowdは「観衆」の意味。三菱重工Eastの応援と白のスティックこそが真の野球雲だった。