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ベースボール白書

野球観戦、野球考察。活字ベースボールを届けます。『WBC 球春のマイアミ』をリリースしました。

第106回全国高等学校野球選手権大会

第106回全国高等学校野球選手権大会

猛暑が続く令和6年の夏、東京では2日続けて人生で経験したことのない大雨が降った。梅田に向かう深夜バス、静岡では大雨による交通規制が出るほどの土砂降り。高校野球が熱を帯びる関西では17日間、好天に恵まれた。甲子園の100周年を神様も祝福。

8月23日、平日の金曜日、朝6時50分。姫路行きの阪神電車に乗るのはサラリーマン。甲子園で降りる乗客はわずか。開場時間が分からないので、早めに甲子園に向かった。

地獄の猛暑を考慮し、決勝戦は例年の13時から繰り上げ、10時プレイボール。これから学校に向かう地元の女子高生もいる。高校野球が好きなら生観戦したいだろう。

駅前のタイガース仕様のローソンでモバイルバッテリー、うちわ、制汗剤、制汗シート、レモンのフローズンドリンクを買う。猛暑の観戦対策は万全。

東の空にはゴールドの太陽。やる気の薄い警備員に開場時間を聞くと8時。まだ30分以上ある。西の空には月。かなり空気が澄んでいる。徐々に人が集まってきた。

西の空にはお月様。太陽と月も高校野球の観客。甲子園の決勝は弟と父と来た97年の平安高校vs.智辯和歌山のとき以来、27年ぶり。出場校49校は変わらないが、当時の参加校数は4,093校。平成から令和に移り、野球部のある高校は激減。

3,441校の頂点を決めるのは京都vs.東京。新旧の都対決。どちらも初の決勝進出。どちらが勝っても初優勝。だが、学校の歴史は関係ない。高校球児にあるのは今だけ。それは観客も同じ。我々は栄光の勝利よりも多くの敗北、敗退を見届けてきた。甲子園は敗者のためにある球場。

まだガランとした甲子園。名物・ジャンボ焼き鳥を買う。去年は甲子園カレーと甲子園焼きそばだった。

ジャンボ焼鳥、ジャンボ鶏皮with Coca-Cola。注文してから焼く。1300円。涼風と銀傘のおかげで超快適な観戦。かちわりを3回買っても地獄だった27年前と大違い。水分もウチワもいらない。こんなに快適な夏の甲子園の観戦は罪悪感すらある。しかし、直射日光に焼かれるスタンドで観戦したいとは思わない。複雑な気分だ。

両校の練習が始まるのは試合開始1時間前。時間を持て余し、神戸牛入り冷やし信州そば千円も買う。27年前は打撃練習があったが、現在はシートノックのみ。

選手たちに先駆け、阪神園芸のグラウンド整備が始まる。これから球児たちが踏みしめる神聖な土。

最初に登場したのは京都国際。球場から大きな拍手が起きる。高校生の幼さはない。炎天下の地獄を戦い抜き、頂上の一歩手前まで駆け上がるのは選ばれし者だけ。神々しくもある。これが甲子園。

続けて関東第一も球場入り。彼らはフツーの高校球児ではなく甲子園のスターなのだ。

試合開始1時間前の9時、甲子園にサイレンが鳴り響き、関東第一からキャッチボールとシートノックが始まる。

27年前は智辯和歌山の守備の巧さに驚いたが、30年近く経った野球の守備は大きく進化している。打撃や投手よりも遥かに進化しているのは守備だろう。

関東第一のシートノックの巧さも格段に上。侍ジャパンのコーチより巧いのではないかと思うほどスムーズに的確に打ち分ける。

さらに驚いたのも京都国際も遜色ないほど守備が卓越していること。とてつもなくレベルの高い決勝戦が期待できる。

午前10時プレイボール。再び甲子園にサイレンが鳴り響く。

デーゲームでもナイターでもなく朝の野球。モーニング・グローリーが球児たちを祝福する。

この日の観客は36,000人。27年前の13時プレイボールでは54,000人。猛暑もあるが、早朝からの野球観戦は遠方の人は不可能。仕事のあるサラリーマンも厳しい。

いっそ18時プレイボールにしてはダメなのか。侍ジャパンのU-18壮行試合が18時プレイボールなので可能なはずだ。八月のカクテル光線に照らされた決勝戦も風趣がある。

先攻は京都国際。先発の畠中鉄心が見事な立ち上がりを見せ、わずか9球で交代。最速137キロでも平安高校を相手にコールド勝ちした京都国際の打線を手玉にとる。

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京都国際はエース中崎琉生。最速は143キロだが、この日は130キロ台半ば。それでもお返しと言わんばかりに三者凡退、10球で終える。

新基準のバットの影響なのか、外野の頭を越す打球はひとつもなし。京都国際はランナーが出れば4番、5番でもバント攻勢。本塁打のインフレ現象となっているメジャーリーグとは真逆をいく。

5回裏の終了時点でクーリングタイム。グラウンド整備に入る。まだ試合開始47分。かなり進行が早い。

阪神園芸の整備が入り、再び美しい黒土が蘇る。

関東第一は7回からエース坂井 遼を投入。8回まであっさり三者凡退に抑えるが最終回に試合が動く。

三者凡退を続けていた関東第一の坂井。9回に先頭の4番キャプテン藤本 陽毅にヒットを許すと、2アウト一、三塁のピンチを招く。ここで先制点を許すと裏の攻撃があるとはいえ精神的に追い詰められる。このピンチをサードゴロに打ち取りガッツポーズ。膠着した試合展開だった分、後半に緊迫の場面が訪れるとドラマが加速する。

思わず涙が出そうになる粘投。100年前、ホームランが少なとも先人たちがこの場所で熱狂したクラシカルな野球が蘇る。外野の頭を越さなくても最高の野球は生まれる。新基準のバットは野球ルネサンスの象徴となるかもしれない。

精神的に関東第一が有利なファイナルセットの9回裏。京都国際は7回から疲れが見えてきた中崎を続投。2アウト満塁の絶体絶命のピンチの中、最後の打者を外野フライに打ち取り9回104球を投げ切った。許したヒットは4、2四球。この大舞台で「飄々」と投げる技量は異常。最後の試合なのでフルパワーで投げるアマチュアは沢山いるが、「力を抜く」のは一流のプロに備わる資質。どれほど凄いことか。大学進学を明言しているが、4年後はプロ野球で躍動する姿を見たい。

試合は決勝戦で初めての延長タイブレークへ。「均衡を破る」の名前のとおり、京都国際が2点を押し出しと犠牲フライで2点を奪取。この得点の入り方を見る限り、タイブレークがなければ延長18回の再試合も有り得た。

最後はマウンドを託された2年生の西村一毅が2アウト満塁の場面で3番・坂本慎太郎を空振りの三振でゲームセット。タイブレークが痺れる野球を生んでくれた。
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京都の高校では平安高校以来、68年ぶりの夏優勝。来年こそは古豪・平安の勇姿を観たいが、京都国際の王朝が築かれる可能性が高い。西村一毅がどこまで凄くなっているかも観てみたい。

両校の激闘を高校生の吹奏楽が讃える。開会式の入場行進は『栄冠は君に輝く』を使わない。行進できるのは閉会式のみ、最後まで残った2校だけ。

深紅の大優勝旗がついに京都へ。第1回大会の優勝が京都であるように、高校野球はルネサンスを迎えようとしている。ホームランの数は23本から7本へ。2018年の大阪桐蔭や翌年の履正社が1チームだけで記録した数。それが今や全チームの合計。クラシカルな野球が蘇生してくる。

どんな気持ちで甲子園の砂を集めるのか。高校野球は優勝者よりも準優勝者が輝く場所。深紅の大優勝旗を手にできるのは3000校を超えるなかの1校。我々は勝利よりも多くの敗北を見届ける。甲子園は球児に負けることの意味を学ばせる教場。甲子園は敗者のためにある。栄冠に輝いた者も、次の栄冠を求める者も、また明日から夏の光の中に駆けていく。

甲子園は100周年を迎え、来年から101年目の軌跡を描いていく。7イニング制の導入や、夏の開催時期の変更、そして甲子園から大阪ドームへの移行など、時代は変わろうとしている。

この日まで夏の甲子園は絶対に譲れないと思っていたが、高校球児たちの汗と激闘はどんな場所、どんな時期、どんなルールでも変わらない。大事なのは場所や時期やルールよりも、高校球児たちが戦う場所と機会である。仮に大阪ドームになろうとも、球児たちによって今度はそこが聖地になる。

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京都国際の退場を拍手で送り出す関東第一ナイン。甲子園に敗者はいない。そこにいるのは勇者だけである。