プロ野球やメジャーリーグは秋に頂点を決めるが、アマチュア野球は夏にクライマックスを迎える。7月に社会人野球の都市対抗、8月に高校野球の甲子園大会があり、夏祭りの先陣を切るのが6月の全日本大学野球選手権大会。
全日本大学野球連盟が主催し、全国の春季リーグを勝ち抜いた27の代表校が神宮球場と東京ドームに集い、トーナメント方式で大学野球日本一を争う。
大学野球の全国大会は秋の明治神宮野球大会もあるが11チーム参加。対して全日本大学野球選手権大会は27チーム。規模だけでなく歴史においても1970年に開始された明治神宮大会に対し、全日本大学野球選手権大会は1952年のはじまりと格上。初代王者は関西学院大学を破った慶應義塾大学。
歴代最多優勝は8回の法政大学、次いで6回の駒澤大学と明治大学。早稲田大学と亜細亜大学が5回と続くので、やはり六大学野球と東都リーグが強い。高校野球が関西、大学野球は関東が盟主となる。
開催は6月頭からで梅雨入りの時期。毎日お天道様の予報が変わるので日程が読めない。今年も準々決勝が行われる6月8日に関東の梅雨入りが発表された。
2005年からは東京ドームも加えたハイブリッドで進行されるが、準々決勝、準決勝、決勝戦の3日間はすべて神宮球場。2022年は初日の神宮球場の試合がすべて雨天中止になり、2日目にスライドして一部の試合を東京ドームで行った。2023年はなんとか全日程の天気が持ちそうだと、6月11日の決勝戦を観ることにした。チケットは内野席のみで1,800円。
早慶戦と違い、自由席なのは助かる。試合開始3時間前には球場入りし、バックネット裏の最前列を取ろうと決めた。しかし、野球は登山と似ている。当日になってみないと、いや登山口(球場)に行ってみるまで天気が読めない。実際、今大会の決勝は雨で順延が濃厚な予報だったが、蓋を開けてみると試合中だけが奇跡的に曇りになり、終了前後で降雨となった。
時計の針を戻し、6月10日土曜。準決勝の朝。寝坊して9時半に目を覚ますと胸騒ぎがした。充電が10%を切っているスマホで天気予報をチェック。もともと決勝戦の日曜は微妙な天気だったが、予報では試合中が最も激しい雨。
試合が決行されるなら野外ライブのどしゃ降りのように思い出の時雨になる。しかし、試合が延期になって平日にスライドされると厳しい。朝メシのカレーパスタを作りながら考え、予定を変更して急遽、今日の準決勝を観に行くことにした。
一眼レフやモバイルバッテリーなど、目につくものをザックにつめて10時35分に大慌てで新宿のアパートを出る。総武線で大久保駅から千駄ヶ谷駅まで。神宮球場に到着したのは試合開始23分前。
球場前では色とりどりの紫陽花が咲いている。
古代ローマのコロッセオをイメージしたアーケードを抜けて内野スタンドへ。視界が開けると曇り空だが、美しいフィールドが広がる。芝が長くクッション性に優れたロングパイル人工芝。その緑に映えるブルーのシート。
グラウンドへは3年前の1月に新宿ハーフマラソンで入ったことがあるが、やはり整備が行き届いたグラウンドは空気が違う。厳かで美しい。
明治vs.白鴎
第1試合は明治大学(東京六大学)と白鴎大学(関甲新学生)のカード。白鴎大の守備練習が終わるところで、ノックの時間は7分。最前列は埋まっていて2列目に席を取る。まずは、荷物を置いて明治大学側の応援席へ。東京六大学リーグで勝点5の完全優勝、3連覇中。2019年以来の日本一を目指す。
慶應の浴衣や民族衣装など華やかさと反対。スクールカラー《紫紺》の落ち着いた色。
慶應のブルー&レッドの華美さとは反対。早慶戦は観客の人数も違えば、応援団も違う。アクロバティックなダンスも連発していた。
同じ六大学でも、学校によって特色が違うのは面白い。ある意味で明治は野球らしい応援とも言える。チアリーダーは背番号のついた昔の野球のクラシカルなユニホームを思わせる衣装。
声援は「白鴎たおせ!」と気合十分。古き野球の原風景を見ているかのよう。ジメジメした湿気が襲うなかで声を張り上げる姿が勇ましい。
白鴎大は栃木県小山市にある大学。新海誠の『秒速5センチメートル』のファンなら馴染み深い。所属する関甲新学生野球連盟には全国大会の優勝常連である上武大学もいるが、見事に春季リーグを勝ちきり、全国大会でも初のファイナル4に進んだ。学校の栄誉にも関わらず、応援が少ないのが気になった。観衆7000人は数字だけ見れば十分かもしれないが、23,000人で溢れた早慶戦を観たばかりなので寂しく感じる。白鴎大は黄色い声援が眩しい明治とは対照に、応援団は全員が男。男子校だった中学・高校時代を思い出し、応援したくなった。
レモンスカッシュ450円を購入し、11時30分プレイボール。前の席の女性は白鴎大の応援。大学OGか選手の彼女たちか。
第1試合は両チーム2回生のサウスポー対決。先行は三塁側の明治。白鴎大の2回生・松永 大輝は春季リーグ3試合で防御率0点の堂々たるエース。リーグ5連覇で昨年の全国大会で決勝に進出した絶対王者の上武大を関甲新学生連盟の優勝決定戦で破った。
しかし、初回から緊迫の展開。明治がノーアウト二、三塁のチャンスを作るが無得点で切り抜けると、その裏も白鴎がワンアウト二、三塁のチャンスをつくるが三者連続で打ち取りゼロスコア。
明治は六大学の春季リーグ防御率1点台の久野 悠斗。186センチの長身から投げ下ろす角度のある球は立ち上がりこそ不安定だったが、そこから気合が入った。この日は自己最速を1キロ更新する152キロをマークし、2回から投手戦に入る。相手のバントミスも誘い、5回を無失点。快投にあわせて球場内に涼しい初夏の風が吹く。
両チームで気になったのはバントが多いこと。ノーアウトでランナーが出ればクリーンアップでも送りバント。セオリーはわかるが、終盤ならまだしも、序盤からする必要あるのか。立ち上がりが不安なピッチャーを攻めるなら、5回の折り返しまではヒッティングでもいいのではないか。猫も杓子もランナーが出れば送りバントは長嶋茂雄さんや野村克也さんも懸念していた。せっかくギアが入らない序盤のピッチャーに、わざわざアウトを献上してしまう。チームの打力や相手投手の実力を考えるとバントが最適解かもしれないが、もう少し作戦に緩急があってもいいのではないか。
この日、注目したのは3人。まずは4番サードの主砲・上田 希由翔。
この日は快音なく3打数無安打に終わったが、威圧感があるのか。ピッチャーが投げにくそうでボールが先行していた。構えも大きく、風格のあるスラッガーは見ていて気持ちいい。
もう1人が3回生の宗山 塁。
まさに野球をするために生まれてきた名前の通り、ここまで目を奪われる選手は少ない。
初回に放ったレフトへの打球のキレに驚いたが、走塁も見事な上に、何より凄いのが守備。
金が取れるくらい華があり、源田クラスといえば大袈裟かもしれないが、本当に源田壮亮ではないかと間違えるほど華麗。
今年の秋や来年の大学野球を大いに沸かせてくれるに違いない。スター性といい、イチローを思い出すのは自分だけだろうか。
そして白鴎大の2番センターで背番号1の福島圭音。「けいん」という名前は母親が大ファンのケイン・コスギからとっているらしい。TBSの『スポーツマンNo. 1決定戦』に胸を熱くした同世代として母親の気持ちはよくわかる。
関甲新学生野球の春季リーグでは8試合で20盗塁の怪記録を打ち立てた俊足が魅力だが、顔面・全身から気合いがみなぎり、昭和の野球選手の匂いが漂う。快速を飛ばした二塁打よりも、3度アウトになった一塁へのヘッドスライディングがその証。ダグアウトでチームメイトに積極的に話しかける姿も瞼に焼きついた。
8回1アウト一、二塁の最後のチャンスで回ってきたのがハイライトだった。結果は凡打に終わったが、やはりヘッドスライディングが目に焼きついた。秋の神宮大会で観られるだろうか。
青山学院大vs.富士大
明治が3試合連続の完封勝ちを収めたので、2時間29分と予定より早く試合が終わった。内野自由席の利を活かし席を移動。青学の一塁側で観ることにした。それにしても、なぜ外野席を開放せず観客も6,000人と少ないのか?
大学野球で最高峰のレベルが観られるにしては寂しい。
スコアボードには次の試合のスタメンと審判団が発表。同じ連盟の審判にならないよう配慮されている。第1回のWBCとはえらい違いだ。
富士大(北東北)は大谷翔平の故郷・岩手県花巻市にある大学。パ・リーグの本塁打王・山川穂高を輩出している。広島カープのような赤ユニホームが青を基調とした神宮球場に映える。
白鴎大と同じく応援は野太い声が勇ましい男集団。奥州大時代から数えて、通算38回目のリーグ優勝、全日本選手権大会には3年連続16回目の出場。昨年は初戦敗退、一昨年も2回戦で敗退しており、14年ぶりの決勝進出を応援団が後押しする。
対する青学は箱根駅伝のフレッシュグリーンとは違い、神宮球場と同色のブルー。安西先生のような体型の安藤寧則監督のノック。全日本選手権は6回目の出場で、過去すべて決勝に進出している相性のいい大会。
応援は早慶のような華美さはなく、応援団、吹奏楽バトントワリング部、そしてアメリカのチョコレートから名前をとった体育系チアリーディング部REESES<リーセス>が盛り上げる。
昔のスポ根アニメで観るような学ランの応援団、キリスト教の修道士のようなシックなチアリーディングが学生野球に合っている。
野球は泥だらけになるスポーツだから、スタンドに女性の花があったほうがいい。ボクシングや格闘技にラウンドガールがいるのは殺伐とした争いと真逆の色気を入れることで、余計に闘争本能を掻き立てる役割がある。
台湾のプロ野球ではチアリーダー目当てで球場に来るファンもいるそうだが学生野球も同じ。スタジアムには活気と熱気があったほうがいい。
派手すぎず、地味すぎず。対戦相手を威圧することなく校歌も上品。野球は荒っぽいほうが魅力だが、大学野球の舞台においては気持ちがいい。駅伝は毎年、青学を応援しているが、野球でもファンになってしまった。
第1試合、第2試合とも東京の有名校が全国の強豪を迎え撃つ形。大学野球の聖地・神宮球場を当たり前のように使用している東京の大学。おまけに華やかなチアリーダーたちが彩る。
東京か、東京以外か。侍ジャパンの源田壮亮が語るように、地方の大学は六大学、東都への対抗心がモチベーション。この東京物語は古くからの日本の縮図。おそらく日本という国が亡くなるまで変わらないのだろう。
両校の練習が終わると、短い間にグラウンド整備。素晴らしい仕事。
この整備あってこそ神宮球場の神話は保たれる。朝から1試合あったとは思えないほど美しいフィールドが出来上がった。
14時30分、コカコーラ片手にプレイボール。
青と赤が並び立つ整列は壮観。プロ野球にない整列は学生野球の象徴。
第1試合とコントラストを描くように、両校とも右腕が先発。富士大はエース中岡大河。帽子の着こなしが藤浪晋太郎を思わせる。
青学は観戦に訪れた井口資仁や、元巨人の小久保裕紀など右の好打者を排出している。いきなり2番の佐々木泰がプロ顔負けの流し打ちホームラン。
気持ちのいい強振。第1試合にはなかったダイナミックな振り。学生野球はこうであってほしい。しかも、平安高校の出身が2人もいる。1人は1番センターで主将の中島 大輔。そして3回生ながら4番で春季リーグMVPの西川史礁。
3打数ノーヒットで快音は聴かれなかったが、2つの四球を選んだ。
まだ3回生。屈指の強打者に化けるか。レフトの先輩、吉田正尚を目指してほしい。
この日、最も目を奪われたのが青学の下村海翔。背番号11。
全身をバネのように使う跳ね上がるような躍動感ある投球フォーム。
ストレートを主体にグイグイ押す投球。ストレートというより直球がふさわしい。アンツーカーの赤土にブルーのユニホームが眩しく反射する。
青学のエースで学生ナンバーワン右腕の常廣 羽也斗には及ばないが、長く見ていたいピッチングフォーム。
ただし全国大会の気負いからか、力任せの直球を捉えられ、一回裏にあっさり同点に追いつかれる。ここから粘投がはじまる。
2回、3回に味方が勝ち越し、追加点をプレゼント。青学は得点が入るたびに『カレッジソング』を歌うのが伝統らしい。アマチュアもプロも野球と応援歌は切り離せない。
下村は3回にリードオフマンの麦谷祐介に一発を浴びる。神宮名物のブラウンの芝を超えてスタンドイン。これも逆方向への一発。第1試合と正反対に豪快な一撃で楽しませてくれる。
席を三塁側に移動。富士大の応援団も大盛り上がり。
両チーム、盗塁も果敢にチャレンジするので野球が面白い。
下村は4回以降は調子を取り戻し、6回を投げ、被安打8、奪三振は4、自責点2でマウンドを降りた。青学カラーのフレッシュグリーンのグローブが素晴らしい。
継投の松井大輔に変わってからはゼロ行進。
しかし、富士大の2回生、新川 俊介も4回1/3を1安打に抑える力投で試合を作る。
最後まで、どちらが勝つか分からないヒリヒリした展開。
9回で3点差の状況でも応援団は諦めない。野球は最後まで何があるかわからないゲーム。時間制のサッカーやバスケットとは違う。
応援に応えるように、打線も青学を上回る11安打で最後まで粘り、あわやというところまで追い込んだ。
9回のピンチを切り抜けた松井に下村が飛びつく。
高校野球において、春のセンバツより夏が盛り上がるのは、高校生活のラストダンスの選手が多いからだ。
全日本大学野球選手権は1年の折り返しである6月に行われるが、敗れた彼らは秋季のリーグ戦に向かい、神宮大会の出場を目指す。大学野球の日本一を決めるに相応しい大会だが、外野席も開放せず、世間の注目度も低いのは、負けても次があるからだろう。
WBCは敗者にスポットが当たらず、勝者のみが美酒に酔える。しかし、大学野球の日本一決定戦は夏を超えて秋に実る。そんな大会があってもいいなと思える。
17時ちょうどの神宮球場は雲間から夕陽が顔を出した。その残照は決勝に進む勝者ではなく、胸を張って地元に凱旋していく2チームに注がれている気がした。陽はまた昇る。