甲子園、都市対抗、プロ野球の後半戦。それより早く、野球の夏は全日本大学野球日本選手権で幕が開ける。夏祭りの先陣を切るのが大学生たち。
全日本大学野球選手権大会は1952年のはじまり。日本の大学野球は一部だけで29のリーグがある。東都のように二部や三部も入れたら30を超える。そのうち全日本大学野球選手権への参加は27校。秋の明治神宮野球大会は11チームなので倍以上。名実ともに大学日本一を決める大会である。
奨学金のない大学生は4年間の学費が発生する。高卒で就職すれば年収300万円としても4年間で1200万円を稼ぐが、その間、大学生は学費や寮費、遠征費などの部費もかかる。親の苦労は言うまでもない。野球が上手くても大学で野球を続けるのは当たり前ではないのだ。
本来なら梅雨の雨宿りの東京ドームも、季節が狂いはじめた現代では熱中症の避暑地。水道橋駅から3分ほどなのに、ここまで来るだけで汗だく。野球雲ひとつない快晴。東京ドームでこの大会が始まったのは2005年から。準々決勝、準決勝、決勝戦の3日間はすべて神宮球場で行われる。東京ドームは栄光への架け橋。
2024年6月11日(火)。実家から深夜バスで新宿に戻ったのが朝6時半。そこから仕事を片付け、到着したのは11時過ぎ。第1試合の6回表。広島経済大vs.和歌山大。先月、マツダスタジアムで野球を見て以来の広島リレー。広島経済大学はソフトバンク柳田悠岐の出身校。
普段は屋外球場で野球をする学生にとって東京ドームは伏魔殿。慣れない天井に白球が溶けてボールを見失う。打ち取った外野フライもポトリ。内容は完璧に抑えていた広島経済大が逆転を許す。空に向かってボールが飛ぶ野球ならでは。空には魔物が棲む。
敗れた大学もまだ秋がある。社会人の都市対抗と同じ。夏が最後の高校野球とは違う。1232人の観客の会話も平日のデーゲームならでは。「16時から授業あるから途中で帰るわ」「サボればいいじゃん」「単位ヤバいんだよ」。こんなやり取りが聞こえてくる。敗れた大学側のお母さんは「来年も東京ドームに連れてきてね」と応援団に言っていた。
第1試合が終わって球場メシは台湾唐揚げ。『大鶏排(ダージーパイ)』550円withコカ・コーラ400円。サクサク、スパイシーで台湾の夜市の匂いがする美味。プレミア12で台湾に行ったときも食べてみたい。
第2試合は東日本国際大学vs.吉備国際大学。観衆は2055人に増えた。純粋に試合を観たいひともいれば、次の早稲田の試合のため、先に良い席を取っている観客もいる。
大学生は二十歳になれば飲酒も喫煙もできる。ギャンブルも車も運転でき、野球部はモテるから遊びが増える。高校まで磨いた才能が誘惑の中に埋もれることも珍しくない。逆に誘惑に負けず才能を磨いた者に野球の神様が微笑む。
その一人が吉備国際大学のピッチャー桑嶋洋輔。球速は130キロ台。投球のほとんどが直球。しかし、コーナーを突くコントロールがいいから打ち損じる。ボール球の変化球にも釣られて手を出してしまう。さすが中国六大学野球春季リーグのMVP。
6回を投げ終わってパーフェクト。7回に球威が落ち、初ヒットを許すと8回には一発に泣きグランドスラムを浴びる。この球速でプロは厳しいが、ぜひ社会人野球で続けて欲しい。
もう一人、印象的だったのが吉備国際大学のキャッチャー福島来依。捕手では珍しい背番号1。7回に初ヒットを許したあと、すぐにマウンドへ行ってフォロー。常に動いているバスケやサッカーに比べ、動かない時間が重要になるのが野球。キャッチャーはマスクを被る黒子だが、どのポジションよりも人間力が問われる。
第3試合、本日のメインイベント。早稲田側の応援席が埋まっていく。観衆の発表は2468人。もっと多い気がした。早稲田は東京六大学で慣れている神宮球場を離れての戦い。大商大は昨日に続いての連戦。1試合こなしたことで有利に働くか、それとも疲れが出るか。
広陵のボンズと呼ばれドラフト指名漏れした真鍋慧。名門の大阪商業大学において1回生で5番DHは凄い。甲子園の高校最終打席が送りバントでW杯にも選ばれなかった。高校最後の打席を甲子園で観たので印象に残っている。190センチで風格も漂う。
オーラが違ったのが早稲田のキャッチャー印出太一 (いんで たいち)。全日本でも正捕手ではないか。
試合前の両校エール交換。早稲田に対し「勝たせてくださーーい」と球場の爆笑を誘う大商大の応援団長。良い商人になれる。関西魂を見せつける見事なホームラン。だが、それ以上に名門同士の対決を実感したのが応援曲。早稲田も大商大も最後まで『アゲアゲホイホイ』と『盛り上がりが足りない』を使わなかった。昔ながらの『アフリカンシンフォニー』やクラシカルな応援。高校生の模倣をしない誇りと品格を感じさせた。
試合前の整列。礼で始まり礼で終わる。プロや国際大会にはない清々しい光景。東京ドームはアマチュア野球が似合う。バックネット裏の最前列に座ると、いかにマウンドとの距離が近いかがわかる。これも東京ドームの特徴。観客との距離が近い。そのせいで投げにくいという投手もいるが、観客にとっては最高の野球場。
伏兵ここにもあり。大商大の背番号20。星野世那。球速は140キロ台半ば。直球と変化球のキレが鋭くプロ向き。
2回生ながら早稲田のエースとの対決に指名されるだけある。この試合も2年後も愉しみな投手。
対する早稲田の先発は伊藤樹。まだ3回生。昨年の早慶戦でも強力な慶應打線を圧倒した。昨年は背番号16。今年はエース番号の11を背負う。
こちらも最速144キロながら球が浮き上がるように錯覚するストレート。去年の青学の末廣に近い。ランナーは出すも、真鍋慧を手玉にとる。
大商大には智辯学園出身の中山優月がいた。去年、高校の日本代表に選ばれ、ここ東京ドームでの壮行試合や台湾のワールドカップ初戦でも観た。高校から観ている選手が大学に上がると自然と思い入れが強くなる。1年生で2番を打つのはさすが。プロまで駆け上がってほしい。
試合は完全な投手戦。星野世那は球威が落ちてきた8回でもノーアウト二塁のピンチを無失点に抑える。粘投力はエースの素質。9回に先頭打者を出したところで交代。115球、6安打、11三振。素晴らしい力投だった。
早稲田のエース伊藤樹は10回をひとりで完封。延長タイブレークのノーアウト一、二塁もまったく動じない強心臓。10回でも球速が落ちずギアを上げる。8回まで投げるのと9回まで完投するのでは1イニングでも意味がまったく違う。延長10回、しかもタイブレークとなれば、なおさら初対戦のピッチャーをぶつけるが小宮山監督は交代しなかった。エースへの信頼の証。
プロ野球ではあり得ないパフォーマンス、学生野球の最高峰を見せてくれた。118球、4安打、7三振。最高のエース。8月の侍ジャパンでも観たい。
バッターは積極的に交代し、エースは完投させる。ハラハラする采配が小宮山監督の面白さか。果たして6回目の優勝を勝ち取れるか。
真鍋慧は最終打席にかろうじてセンター前ヒット。振りがシャープすぎる気もするが、もっと身体が出来上がったらスイングが変わるだろう。大商大のボンズになれるか。
ドラフト上位指名が予想される大商大の渡部聖弥(わたなべ せいや)は1安打。持ち前の強肩でバックホームを阻止した守備が光った。秋までラストスパート。
この秋にはプレミア12優勝決定戦の舞台となる東京ドーム。小学生のリトルリーグから中学、高校、大学、社会人、プロ、侍ジャパン。すべての野球が行われる唯一の場所であり、日本の球場の中で最も野球文化を育む母胎である。
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