2023年4月。春風に誘われてジャイアンツ球場に来た。巨人の2軍を観るのは同郷の岡本和真を追いかけてた8年前以来。今はもう球場のシートも変わっている。平成から令和になり、ついに岡本和真のポテンシャルを超える高卒の野手が現れた。
浅野翔吾。メジャーの歴史に名を刻むイチローや松井秀喜クラスの可能性。身長170センチ、スイングの力強さは群を抜く。吉田正尚のパワーと近藤健介のバットコントールをフュージョンしたような打者。同じ背番号51を背負ったイチローから「化け物」と言わしめた。5年以内に巨人の顔となる男だ。
1985年に開場したジャイアンツ球場は神奈川県川崎市にある。京王よみうりランド駅から、よみうりV通り、巨人への道を歩いて球場に向かう。坂がつらく無料の送迎バスが出ている。
急坂には巨人の選手、コーチ、関係者100人の手形が野球ファンを励ます。坂本勇人の手が異様に小さいが本当に実物大だろうか?それにしては小さすぎる。
球場に着くと入り口で整理券を配っていた。室内練習場でWBCのユニホームやミット、スパイクなどの展示がある。
大城のミットとスパイク。アシックス製。日の丸の刻印がカッコよすぎる。
大勢のグローブもアシックス。投手と捕手で息があっている。シックなグレーは珍しい。
戸郷はSSKのグローブ。漆黒にオレンジの縁取り。ジャイアンツ愛が感じられる。
真打・岡本和真。地味な顔して美意識が高い。
真紅のナイキのバッティンググローブ。珍しい色合い。完全な赤でもオレンジもない。岡本らしいといえば岡本らしい。
WBC全員のサインボール。39人分。目まぐるしい中、サインもプロの仕事。自分たちが見えない裏で選手たちは奔走している。浅野翔吾が加わるのは2030年か、それとも3年後か。
一際輝く金メダル。素晴らしいデザイン。やはりWBCは別格。メダルを見ただけでわかる。野球のすべてを包み込む。
WBCでお腹いっぱいになってグラウンドへ。まだ11時半過ぎ。すでに巨人のバッティング練習は終わり、ベイスターズの練習中。WBCや巨人の1軍と違い、柵越えはいない。
知人に取ってもらった席はバックネット裏SSシートの3列目。選手が近い。
背番号がわからないが、スイングが力強い。
フォロースルーが美しい。森友哉を彷彿とさせる。プロになる者は形から違う。
ベイスターズの注目選手はドラフト1位の松尾 汐恩(しおん)。線は細いが甲子園で5本のホームランを打っているパワーヒッター。
遠投110メートル、二塁までの送球は1.80秒~1.90秒台と甲斐キャノン並み。浅野と共に将来のWBCの正捕手候補。いつの間にか野球を見るときの基準がWBCになっている。昔はメジャーに行くかどうかで判断していた。
続いて巨人の守備練習。一番目立っていたのは熱男。
やかましいにも程がある。どこにいても聴こえる。自分と同い年、同じ関西出身、そして同姓。来月40歳になるとは思えない。こういう人物が組織にいると空気が違う。できれば1軍に熱を注入してほしいが、さすがに厳しい。
本人は最後の最後まで1軍を目指すだろうが、ファームでも若手に活気の爪痕を残してほしい。そして熱男に続く若手が現れてほしい。
熱男には程遠いが浅野翔吾も声を出す。まだ頬も真夏の太陽を吸収した黒ではなく、ピンクの肌。球春を思わせる。
イケメンでスマートな野球選手が増えている中、正反対の体型。まるで相撲部。岡本和真と同じ系譜。体は頑丈で怪我をしにくいクラシカルな野球選手。こういう存在が増えてほしい。
両軍の練習が終わるとグラウンド整備。プロの技。デコボコの荒野だったグラウンドが水を得た魚のように一瞬でダイヤモンドに生き返る。
午後1時プレイボール。ジャイアンツ球場は4,000人を収容する天然芝と黒土。人工芝と違い、思い切りダイブできる。この日の観衆は660人。平日の火曜日では多い。今や巨人の2軍は超豪華メンバー。黄金ルーキーもいれば、年俸で億を超えるベテラン、1軍と2軍をの国境を行き来する中堅などオールスター状態。
その象徴が赤星優志。こんな近くで観られるのは贅沢だが、2軍のレベルではない。ローテーションに入って15勝してほしいところ。山﨑伊織とともにエース争いをするべき器の投手。
この日は超のつく極寒だったので、肩が温まっていなかったのか球にキレがない。いきなり先頭バッター”ハマのチーター”こと村川にレフト前に運ばれる。その後も3番楠本にヒットを打たれ初回から得点圏にランナーを置く。何やっとんねん。4番、5番を打ち取り無失点。
巨人の攻撃で目を見張ったのは第1打席でセンター前ヒットを放った4番サード菊田 拡和。2019年のドラフト3位。
常総学院出身の21歳。常総のバレンティンの異名を持つように、打撃フォームに華がある。まだ豪快さは感じないが、大卒と同じ年齢になる来年が楽しみ。今年はファームで本塁打王を奪ってほしい。サードには岡本和真がいるがチャンスはある。守備のフィールディングも滑らかなので、岡本がメジャーに行った後の巨人を背負えるかもしれない。
2回の赤星は初回とは別人。直球にキレがカムバック。これは2軍のレベルでは打てない。
球界でも随一の制球力を取り戻し、コーナーにズバズバ決まる。
140キロ台後半のストレート、カーブ、シュート、フォーク、チェンジアップを使い分け狙い球を絞らせない。ファストボール、ブレイキングボール、オフスピードボールでベイスターズ打線を手球にとる。
2回は二ゴロ、三ゴロ、二ゴロ。打たせてとるグラウンドボール・ピッチャーの本領発揮。この日は6回を投げて3安打無失点。ゴロの数は9。この投球を1軍でも見せてほしい。
3回には増田陸。この中堅選手も2軍にいるべきではない。ライトフライと思われた打球がグングン伸び、フェンス直撃の2塁打。持ち前の破壊力を見せつける。早く1軍に上がってほしいが、セカンドは吉川尚輝と中山礼都など渋滞。中途半端に層が厚いのがもどかしい。今は2軍で結果を出し、交流戦後の6月から1軍に上がれるか。
お待ちかねの8番センター浅野翔吾。登場曲はパイレーツ・オブ・カリビアン。村田諒太と同じ。スケール感のある選曲。これは東京ドームが盛り上がる。
キャッチャーの松尾とは全日本選抜のチームメイト。大の仲良し。試合後には情報交換を行う。どちらが早く1軍に上がるだろうか。浅野の第一打席はサードへの内野安打だが、実際は討ち取られた当たり。やはりプロの球に差し込まれている。第2打席もショートフライ。
まだ午後2時なのにナイター照明に灯がともる。2011年からジャイアンツ球場に設備された。天気が悪く極寒。桜も散ったとは思えない気候。これも春の野球なり。
浅野の第3、第4打席は見逃し三振。ルーキーなら積極的に振ってほしいところだが、際どい球なので選球眼の良い証でもある。この日は特に光るものはなかったが、まだ高校生。そう考えると十分すぎる振りの強さ。
岡本和真もイースタンのときは全然だった。芯で捉えたときの打球速度は目を見張ったが、一軍で活躍するピッチャーが相手だと自分のバッティングができない。今日と同じ対戦カード、DeNAベイスターズの三上には完全に翻弄された。それが今や侍ジャパンのレギュラーとなり、巨人の4番を張る。浅野翔吾も無限の蕾。
2023年5月
先月に続いてジャイアンツ球場にやってきた。1ヶ月も経っていない。WBC開幕戦、巨人のペナントレース開幕カードを一緒に観た友人からファームの案内役を頼まれ5月も観戦することになった。
友人は昼まで仕事で12時に京王よみうりランド駅で集合。野球の醍醐味はプレイボールの前とゲームセットのあとにあると考える自分は開場の10時過ぎに到着。入場ゲートでQRコードのチケットをかざすと、グラウンドから元気な声が聴こえてきた。
今年からジャイアンツ球場には松田宣浩の声がある。ホットコーナーと呼ばれる三塁には熱男が似合う。
守備の名手の動き、身体の使い方はどんなアート作品よりも芸術である。過去2度も侍ジャパンに選ばれた松田は守備練習で金を取れる。
ベンチの前では増田陸が素振り。本来なら2軍でくすぶっている男ではない。中田翔の一塁を脅かす存在にならなければいけない。何かが足りないのか、何かが余計なのか。それを今日は見極めたい。
一時は巨人の正二塁手を確実にしたと思われた若林も同じく。守備に華があるが、どこか突き抜けられない。これほどの才を持つ男たちが日の目を浴びず陰日向に咲く。1軍よりも2軍を観ることでプロ野球の凄さが迫ってくる。
そしてもう一人。とてつもない身体能力を秘めながら大輪の花を咲かせられず、蕾のまま根を張るのがオコエ瑠偉。
ラフなTシャツの上からも分かる筋肉の躍動。野球選手というよりスーパーアスリート。
バッティング練習では、今まで見たことない質の打球を飛ばしていた。打撃フォームもムーブメントも問題ない。ピッチャーを噛み殺すくらいの獰猛さを打席で魅せればいい。
ファームは勝敗と無縁。1軍は「結果」、2軍は「内容」。2軍観戦は品評会であり、ファンにとって青田買い。将来の一軍選の蕾を間近で見られ、どう育つのか楽しむ。植物を愛でる気持ちに近い。今年は岡本和真を追いかけて以来8年ぶり、期待の浅野翔吾が入団した。
練習量を物語る日焼けの痕。30日も経ってないのに精悍さが増している。高校を卒業して2ヶ月とは思えない変化力。
ウィルソンのグラブがカッコいい。まずは打撃を意識し、1軍に上がれば守備でも魅せて欲しいところ。ベテランと比べても風格負けしていない。末恐ろしい怪童。
平日と土日の違いはユニホーム姿のファンが多いこと。ほとんどの観客は「野球」ではなく「キャラクター」を観に来る。だから選手が野球とは関係ないスキャンダルを起こすと離れていく。今の世の中は、あらゆるものがアイドル化している。
11時半。球場メシは『多摩のシャモ親子丼』。坂本勇人のお気に入りで、体調が悪いとき東京ドームに届けてほしいと、わざわざ女将さんに頼んだほど。
歯応えたっぷりの軍鶏肉は、まさにアスリート飯。出汁が染み込んだ甘めの玉子とバランスがよく、坂本の内角打ちと同じ天才的センス。
まだ気温は上がらないが、レモンスカッシュが美味い。球春を越えて、いよいよ夏を迎える。
13時。モーセの十戒のように雲が開けていった。屋根付きシートで観たのに日焼けする。風も太陽も観客のひとり。前回は4月末とは思えない極寒だったが、1ヶ月も経たないうちに最高気温27度。これが屋外球場。
6連戦の最後。相手は日本ハム。BIGBOSSの息がかかる1軍とはイメージが違う。
先発は2年目の京本 眞。背番号014。2021年育成ドラフト7位。湘南乃風の『曖歌』に乗って颯爽と登場。1,050人の観客が見守る。
189cmの長身から投げ下ろすダイナミックなフォーム。好きなタイプの投手だ。
気になるのは綺麗なフォームに合わせて球が素直なこと。3回を投げ、2安打無失点に抑えたが、コントロールの課題もあり、まだ1軍レベルではない。
反対に驚いたのが日本ハムの先発・松岡 洸希。背番号68。4年目の22歳。
球のキレ、外角ギリギリのコース、打者を嫌がらせる内角攻め。そして時折の荒れ球。どうして2軍にいるのか?それほど日本ハムの投手層は厚いのか?
今季の成績を調べると1勝すらしていない上に防御率も8点台。何かの間違いじゃないのか?これは打てない。案の定、5回を投げ被安打1。そりゃそうだ。2軍の球じゃない。だが巨人ファンとしては、このレベルの投手こそ打って欲しい。それで初めて1軍で活躍できる。
浅野の登場曲は『パイレーツ・オブ・カリビアン』。東京ドームが確実に沸く。第一打席はレフトフライに倒れるが、自分のスイングができている。これでいい。
巨人は4回に堀田賢慎が登場。将来の巨人のエース候補。まさか2軍で観られるとは。
大谷翔平と同じく岩手県花巻市出身の22歳。トミージョン手術を乗り越えた5年目。
186センチの長身。堂々たるマウンドさばき。2軍レベルで打てるはずがない。
ストレートで空振りを奪い、3者連続三振。早く1軍に上がって、まずは中継ぎから先発にアジャストして欲しい。
巨人は2安打完封負け。今回はベテラン選手を起用せず、若手だけで望んだが勢いが全くなかった。むしろベテランの松田を起用したほうが活気がある。「一軍の壁」と勝負する前に「2軍の壁」にも跳ね返されている。増田陸も若林も香月もオコエも、なぜ2軍にいるのかを納得させられる内容だった。
1軍の選手はジャイアンツ球場より遥かに広い球場で、遥かにレベルの高い投手を相手にホームランを放つ。この壁を越えていかないと1軍は雲のむこう。1年目の浅野翔吾、萩尾匡也を除きこの壁を打破しないと1軍では戦えない。
明日は檜になろうと願いながら、なりえない。あすなろの木。大谷翔平はWBCの決勝戦で「憧れを捨てましょう」と言った。1軍に憧れている場合ではない。目の前の相手をぶっ倒す気概がないといけない。
野手で光ったのは浅野翔吾と萩尾匡也だけ。現代野球はデータ分析やフォーム解析が進み、そればかりを気にする。阿部慎之助が言うように、形から入る前にまずは強く振ること。それができていたのは、浅野と萩尾だった。イチローは色んなことを考えて打席に立つが、とどのつまりは「強い打球を打つ」という1点に集中する。萩尾と浅野だけは1軍での活躍を予感させた。
夏を迎える前の球春おさめ。東京ドームの喧騒から離れて、野球を語り合いながら野球を深める。次に来るのは来年。令和6年もジャイアンツ・キュロスを食べながら観戦。しばらくの間、さらば宝石。
【拡散ご協力お願いします】
— YAMATO (@yamatoclimber) 2023年11月9日
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