ベースボール白書

野球観戦、野球考察。活字ベースボールを届けます。『WBC 球春のマイアミ』をリリースしました。

侍ジャパン次期監督〜敗者の肖像、あるいは継続の流儀

第6回WBCの幕が下りた。熱狂が去ったあとのスタジアムに、井端弘和が監督の椅子を降りると公言した。

いつかは見てみたい風景がある。イチローが再び侍ジャパンのユニホームを着てベンチに座る姿。ダルビッシュ有が、あの頭脳を代表のゲームプランに注ぎ込む場面。あるいは、新庄剛志という異才が、国際大会の極限でどんなスイッチを押すのか。

だが、それはまだ先の話でいい。こちらには、まだ続きがある。

野球ファンの前には、2026年のアジア・プロ野球チャンピオンシップがあり、2027年のプレミア12が控えている。その先には、2030年前後に開催される第7回WBCが、巨大な壁のように立ちはだかっている。

侍ジャパンというチームは、4年に1度だけ生まれるものではない。強い代表は、点ではなく線でつくられる。大会の翌日から、もう次の大会は始まっている。

メディアの喧騒の中では、工藤公康、原辰徳、高橋由伸、あるいは松井秀喜や栗山英樹といった名前が飛び交っている。しかし、今、いちばん見てみたいのは、新しい名前ではない。

井端弘和という男が、敗戦のあとに何を受け取り、何を変え、何を残すのか。その「継続」である。

プレミア12、そしてWBC。そこで味わった敗北、その痛みを、苦い経験という血肉に変えて、次の戦いに注ぎ込んでほしい。

世間を賑わせる采配批判は、いつも結果論の別名にすぎない。野球というゲームの本質を考えれば、たった一敗でその指揮官の能力を全否定するのは、あまりにもナンセンスだ。

野球は、強いものが勝つとは限らないスポーツであり、勝敗の振れ幅が他の球技よりも大きい。井端監督が率いた侍ジャパンの公式戦の通算成績は、16勝2敗。勝率にして8割8分9厘。この数字だけを見れば井端監督が「名将」であることは明らかだ。

この数字は、偶然では出ない。しかもその中身は、勝ったというだけではない。若い選手を抜擢し、次の代表の輪郭を作りながら、それでも勝ち続けた。その仕事はもっと正当に評価されていい。

敗れたゲームにしてもそうだ。プレミア12の決勝では、台湾ナインの士気が、ジャパンのそれを上回った。チェン・ジェシェンのホームランは、戸郷翔征の続投の判断ミスでも失投でもなく、まさに台湾の気迫と集中力の賜物。

今回のWBCでの敗戦は、失投が命運を分けた。だが、その失投を逃さずに仕留めたベネズエラ打線のが見事なのだ。最後の打者になった大谷翔平が、自分の打席を「打ち損じ」と言ったように、野球は失敗を見逃さずに仕留めた力量によっても決まる。ベネズエラは、それができた。だから勝った。それだけのことでもある。

野球とは、ミスの集積によって形作られるスポーツだ。打者は打ち損じる。投手は失投する。野手は一歩を誤る。その積み重ねの上に、1つのスコアが置かれる。監督はその全部を支配できない。

そもそも、今回のWBCは日本の野球を世界にぶつける大会ではなく、日本がMLB式の野球にアジャストしなければいけない大会だった。金子誠ヘッドコーチが大会期間中に「あまりにルールが違いすぎて別のスポーツをやっている感覚」とコメントしたことからも、それは明らかだ。

さらに言えば、今大会は前回大会と同じく日本で一次ラウンドを終えてから中3日で準々決勝に挑む強行スケジュールであり、時差ボケの影響も少なからずあった。

「あの采配は間違いだった」と断言できる者は、同じ情報・同じ時間・同じプレッシャーの中で、より良い決断を下せると証明した者だけだ。スタンドからの批評と、ベンチからの決断は、根本的に異なる行為である。

現に、優勝したチームにだって傷はある。ベネズエラでさえ、予選ではドミニカに敗れている。もし大会が完全な一発勝負のトーナメントだったなら、批判の矢面に立っていたのは日本ではなくベネズエラだった。

日本が優勝した第1回WBCは3敗、第2回WBCは2敗、第2回プレミア12でも1敗している。野球の国際大会とは、そういうものだ。無敗だけが価値を証明するわけではない。

第6回WBCに出られなかったラーズ・ヌートバーは、取材に対してこう語った。

「イバタさんに、もう一度チャンスを与えてほしい」

井端弘和の仕事は、まだ途中なのだ。代表監督に必要なのは、「勝ち方」を知っていることだけではない。「負け方」を引き受けられることでもある。負けた人間は慎重になる。だが、本当に強い人間は、慎重さだけでは終わらない。どこかでまた賭ける。その胆力が、次の代表を少し強くする。

井端弘和の物語を、ここで終わらせるのは早すぎる。

敗戦の翌朝からしか始まらない野球がある。負けた者にしか見えない景色がある。次の侍ジャパンに必要なのは、新しい名前の派手さではなく、あの2つの敗戦を身体の中に残したまま前へ進める監督。

井端監督の続投を見たい。

痛みを知った男が、次にどんなチームをつくるのか。その続きには、勝った物語よりも、もう少し深い野球がある。

WBCの球場すべてを回って取材した渾身のデビュー作

Amazon Kindle『WBC 球春のマイアミ

プレミア12を追いかけた書籍です

Amazon Kindle :『燃月