
春の甲子園は、まだ冬を引きずっている。春の初戦は、まだ冬の中にある。春の甲子園の1回戦には、夏の初戦とは別の鈍い重さがある。真夏の試合のように、身体が勝手に前へ出ていく感じがない。まだ空気は冷たく、肩も腰も、わずかに冬を引きずっている。打球への最初の1歩が半歩遅れ、いつもなら抜けない送球が少し浮く。そのわずかな違いが、甲子園の1回戦では1点になる。
夏の初戦は、地方大会の続きである。県予選を勝ち抜いてきたチームは、すでに数試合を戦っている。投手は汗のかき方を知っていて、打者は初球の速さに驚かない。ベンチも、どこで動けば試合が動くかを、実戦のなかでひと通り学んできている。言い換えれば、身体も気持ちも、もう試合の側に寄っている。だから夏の初戦には、独特の勢いがある。予選を生き延びてきた熱が、そのまま甲子園へ持ち込まれる。
春はそうではない。秋の大会が終わってから、公式戦の時間は長く途切れる。紅白戦や練習試合はある。打撃投手の球も打つ。ノックも受ける。走り込みもする。冬の間に力はつく。だが、公式戦でしか戻ってこない感覚というものがある。初回先頭打者の打席で、スタンドのざわめきが耳に入る感じ。そういうものは、実戦から遠ざかっているほど身体の中で錆びる。春の1回戦は、その錆をこすり落としながら進む試合になる。

しかも春には、新しい血がない。1年生がいないのである。夏には、ときどき1年生がいる。まだ顔つきの幼い選手が、代打や代走で流れを変えることがある。とびきりの素材が、そのまま戦力になってしまうこともある。しかし春のセンバツには、それがない。入学式の前だから当然なのだが、戦うのは秋から冬を越えてきた2年生と3年生だけだ。つまり春は、手持ちの駒だけで勝負する大会である。故障者がいれば、その穴はそのまま穴として残る。主軸が不調でも、後ろから突然現れる新戦力はいない。夏よりもチームの層の薄さが、そのままグラウンドに出やすい。

だから春の1回戦では、戦力の輪郭がむき出しになる。春にはセンバツ特有の硬さがある。春の試合では、ときどき「いつもの野球」が見えにくい。強打のチームが意外に打てない。守りのいいチームが、難しくないゴロをこぼす。エースが立ち上がりで制球を乱す。どれも、実力がないからではない。まだ身体が夏ほど自由ではなく、試合勘が完全には戻っておらず、しかも新しい戦力の上積みもないという、春だけの条件の上で野球をしているからだ。
言ってみれば、春の1回戦は、完成品どうしの勝負ではない。未完成のチームが、どこまで崩れずにいられるかを問う試合なのである。

だから、春の甲子園の初戦は面白い。力比べのようでいて、じつは精度の勝負だからだ。どちらが速い球を投げるかではなく、どちらが余計な球を投げないか。どちらが飛ばすかではなく、どちらがひとつ先の塁を取るか。冬の間に積み上げたものが、豪快さではなく、手順の正しさとして現れる。夏が熱で相手をのみ込む大会だとすれば、春は冷えた空気のなかで、ほころびを見せなかったほうが勝つ大会である。
夏の初戦が予選の熱を持ち込んだ試合なら、春の初戦は、まだ固い身体と、まだ完成しきらないチームが、ひとつのミスで揺れる試合だ。そこには夏ほどの爆発力はないかもしれない。だが、そのぶん野球の骨組みがよく見える。
守備位置へ散っていく背中、送りバントの構え、捕手の返球、投手の呼吸。春の1回戦には、野球という競技が本来持っている不器用さと誠実さが、そのまま残っている。冬を越えたばかりのチームが、まだ少し冷たい土の上で、自分たちの輪郭をたしかめるように戦う。春の初戦とは、そういう試合である。

2026年3月19日(木曜)、昨夜から降り続いた雨は7時過ぎにはやみ、プレイボールの10時半には青空が広がった。

開会式の直後に行われる第98回選抜高等学校野球大会の開幕試合。昨夏の王者・沖縄尚学と東京の名門・帝京高校。沖縄尚学は昨夏の決勝戦で試合をしているので、これで2試合連続で甲子園で試合をすることになる。さらに準決勝から数えれば、甲子園に来た観客は3試合連続で沖縄尚学の試合に当たっている。

両校とも、マウンドにはエースの左腕を立ててきた。今大会からDH制が導入され、投手は投げることに専念できるようになった。帝京は1番打者にそのDHを置いた。けれど、試合の入りは静かだった。初回、両チームともに三者凡退。

沖縄尚学の末吉良丞は、最速143キロの真っすぐを投げ込んできた。球に芯があった。

対する帝京の仁禮パスカルジュニアは、ナイジェリア人の父と日本人の母を持つ左腕で、こちらは軟投派。120キロ台後半のボールを指先で転がすように操り、打者の芯を外していく。
2人ともストライク先行。バシバシと投げ込んだ。探り合いではなく、最初から試合を前へ進めるテンポがあった。そして3回、均衡が破れる。

沖縄尚学は8番・比嘉大地が死球で出る。9番・久田亜友斗が送りバントを決める。1番・仲間夢祈がタイムリー二塁打を放つ。打線が1本で決めたというより、3人で1点を運んだ。WBCで見たベネズエラ打線のような、つなぎの野球だった。

1点をもらってから、末吉はギアを上げた。真っすぐは147キロまで伸びた。

5回を終えて、両投手の球数はそろって64球。DH制も関係ない。ただ、左腕同士の投げ合いだけが残った。

試合が動きかけたのは6回裏だった。帝京が末吉をとらえる。連続安打で1死一、三塁。

流れは帝京へ傾いた。

ここで4番ショート木村成良に出たサインはスクイズ。勝負手である。だが、木村はバットに当てられない。三塁走者が刺され、千載一遇の同点機は消えた。

7回裏にも帝京は2死一、三塁のチャンスをつくる。末吉はそこでも粘った。0点で切った。

エースとは、打たれない投手のことではない。圧力に屈しない投手のことだと、そういうイニングだった。

8回裏、帝京は円陣を組んだ。

先頭は1番・安藤丈二。今大会から導入されたDHだ。鍵になる打席だった。末吉の力のある真っすぐで、ショートゴロに打ち取ったはずだった。ところが、エラーで出塁する。また、末吉がエースのぶんまで背負う形になった。
続く打者に四球。無死一、二塁。ここで帝京は送りバントを選ぶ。この日、沖縄尚学の三塁手・玉那覇宝生にとっては、忘れにくい打球になった。痛恨の2つ目の失策。無死満塁。春の初戦にありがちな、ひとつのほころびがいっぺんに広がる時間だった。

末吉はなおも踏みとどまり、4番・木村を三振に取った。だが、続く5番・蔦原悠太にタイムリー二塁打を打たれ、ついに逆転を許す。さらに6番には四球。また満塁。

球数は121球に達し、ここで新垣へ交代となった。沖縄尚学は、末吉の好投を味方の失策で削ってしまった。気温は低い。長袖のアンダーシャツの体がまだでき上がっていない春の甲子園。その初戦には、こういう怖さがある。

新垣はライトフライに打ち取った。だが右翼手の久田が足を取られて滑った。打球は落ち、タイムリーになった。記録がどうであれ、実質はエラーだった。魔の8回に一挙4失点。7イニング制の野球では、なかなか顔を見せない種類の怖さである。

最終回、沖縄尚学は2番からの攻撃だった。三塁打が出る。続く3番には死球。そこで帝京は投手を代える。両サウスポーとも、最後までは投げ切れなかった。

代わった岡田武大は、簡単には終わらなかった。2本の安打を許し、死球も与えた。一打逆転サヨナラの場面まで持ち込まれる。開幕試合らしい、ざわついた終わり方だった。

最後は、代打・当真騎士をサードゴロに打ち取り、4-3で逃げ切った。

試合を締めたあとの帝京ナインは、優勝を決めたチームのように喜んだ。

両校とも安打は6本。末吉は自責点0で失点4。違ったのは、守りだった。勝敗を分けたのはエラーである。これぞ春の初戦。そんな言い方が、いちばん似合うゲームだった。