草野球から侍ジャパンまで。令和6年は空前絶後の激動だ。ようやく秋らしく涼しい朝を迎えた2024年9月23日(月)。寒さで起きるなんて何ヶ月ぶりだろうか。なか卯の朝ご飯、店内はglobe『DEPARTURES』が流れていた。野球界にとっても今日は新たな旅立ち。
4回目を迎えるイチロー選抜の神戸智辯vs高校野球女子選抜。国も企業も学校も背負わない。野球が好きな者が集まる純然たる草野球。それこそが野球の原点であり、頂点に到達したイチローが還る場所なのかもしれない。そして、次の世代に野球を継承していく。指導するのではなく、未来の若者とレジェンドの対決によって。映画『トップガン マーヴェリック』のような世界。イチローは熱く語る。「草野球だけど軽く命削っているよ」
オジサンがJKと戯れるエンターテーメントは許されない。イチローほどの人間がそれをやってしまうと、女子野球は一生、色物で見られる。毎年のように甲子園のスターを生み出す男子の高校野球部員ですら今や卓球部より少ない。女子高生に胸を貸すのではなく、自分たちも年齢の限界を超える挑戦を見せることで、その背中で引っ張る。それを理解しているから野球ファンも大行列を作る。まだ朝の11時前。
これまでのエースNo.「1」ではなく、背番号を51に里帰りをしたイチロー。試合前のキャッチボールも真剣。とても今年51歳とは思えないしなやかさ。有言実行の塊。ここは「昔の名前で出ています」の同窓会場ではない。外野席を開放しないにもかかわらず、2万8000人を超える野球ファンが集まった。
3年連続の参戦となる松坂大輔。2010年にヤンキースタジアムで観て以来。日本人が独りアメリカで戦う姿がカッコよかった。甲子園、日本シリーズ、ワールドシリーズ、WBCをすべて制覇している地上唯一のグランドスラマー。球場で見ると納得のスター性。野球の神様が微笑むスマイル。
平成の怪物に続いて、平成の怪獣が今年から参戦。背番号51に続いて55番が帰郷。イチローと松井秀喜がチームメイトとしてグラウンドで並んでいる。2009年のWBCで幻となった野球ファンの落胆を15年経って払拭した。長く野球を続けること、観続けることの意味をイチローは教えてくれる。
球場メシは「大阪焼肉ふたご」の『牛たんカレー』九百円、コカ・コーラどでかサイズ六百円。甲子園カレー、大阪ドームの欧風カレーを遥かに超える美味しさ。タンの甘さとカレーの辛さがイチロー、松井秀喜のコンビ。スープはテール、カレーはタン。
ライトにイチロー、センターに松井秀喜、レフト松坂大輔。おそらく野球の歴史上、最も盛り上がった外野ノック。レーザービームでイチローが沸かすと打撃練習の柵越えで松井秀喜が沸かす。今更ながら2009年のWBCで、この3人がいれば野球の歴史は変わっていた。
中堅の守備よりサードのほうが遥かに愉しそうな松井秀喜。4番センターで東京ドームに凱旋。松井も松坂もイチローへの憧れがあるが、イチローにとって2人は甲子園のスーパースター。羨望と劣等感の塊であり、それが世界最高のヒットマンであるイチローをつくってくれた。
13時30分プレイボール。晴れ舞台にハシャぐ女子高生と対照的に、イチロー選抜は脱帽してグラウンドとファンに一礼。
松井秀喜と松坂大輔のキャッチボールという超レアコンビ。巨人vs.西武、ヤンキースvs.レッドソックスのライバルが一堂に会する様は侍ジャパンに見える。
1回表、ピッチャーのイチローは昨年の138キロに迫る137キロを出す。が、女子高生にめった打ち。
松井秀喜の頭を越すタイムリーなど連打でいきなり3点を失う。打撃技術の向上は目覚ましい。守備もレベルが高く、松井秀喜も女子野球のレベルの高さに驚いていた。
一方でピッチャーはまだまだ。最速が110キロ台で、選抜チームですら山なり。180センチを超える女性アスリートがバレーやバスケではなく女子野球に来てくれるかが今後の課題だろう。バッティング練習で2本の柵越えを放っていたイチローがライト前ヒットで出ると、ノーアウト満塁で松井秀喜が押し出し。あれよあれよと5点のビッグイニング。
今後もっとも伸び代があるのは女子の学生野球。イチローもそれがわかっている。だから一切の手を抜かない。
イチローを見るのは第1回WBCの中国戦の2006年3月以来だが、そのときと気合が変わっていない。WBCも草野球もイチローにとっては大事な一期一会。
2回表から松井秀喜がサードへ。「東京ドームの人工芝は怪我のリスクが高いからジャイアンツには復帰しない」と言っていた松井が1回表のセンターの守備で左のハムストリングを負傷。ギャグみたいな展開だが、そのおかげでイチローと松井秀喜の並びを観られ、さらに最終回のドラマにつながる。
松井秀喜から始まる最終8回裏。ゴジラのプレッシャーか、この日4四球で歩き場内ため息。しかし、もう一度、松井に回せと言わんばかりに打線が爆発し、この日イチローは6打数4安打。
唯一ヒットを打っていなかった3番の松坂大輔が意地の安打で、なんと打者一巡。巨人からヤンキースへ羽ばたく最後の東京ドーム(日米野球)で最終回に打席が回ってきた松井秀喜。まったく同じ展開の奇跡からスリーランホームランの最大奇跡。足を引きずり代走を要求するがイチローに拒否され、自分の足でダイヤモンドを一周。東京ドームがスタンディングオベーション。「野球で初めて感動して泣いた」というイチローが待つダグアウトへ。これほど東京ドームに愛された野球人はいない。
最終回、最終打席のホームランは松井秀喜を象徴していた。巨人、ヤンキースという超一流企業に就職、異動し、プレッシャーに潰されることなく期待に応えてきた。今回も自ら希望した参戦ではなくイチローから希望されたもの。松井を表すキーワードは「距離感」。阪神ファンであり、アスレチックスファンである松井は自分の希望する場所ではなく希望される場所で戦ってきた。球団にベッタリ浸かることなく、甘い汁を吸わず距離を置いたからこそ結果を残してきた。高校生にして5打席連続敬遠されたときも不満をぶちまけず、起きた出来事に距離をとってきた。イチローと同じく松井秀喜も稀有な野球人である。
9回もイチローが投げきり、141球、被安打10の完投。最後までサードには松井秀喜がいた。イチローは試合後、「女子と野球をするのがいちばん愉しい」と語った。野球へのリスペクト、相手チームへの敬意を最も感じられるからだと。現代はデータやデジタル化が進み、感性よりも情報を駆使できる者が勝つ野球になっている。もっとクラシカルで泥臭い野球を愉しみたい。
WBCやMLBではなく高校野球、女子野球を盛り上げる。高校や大学、プロ野球は次々とスターが生まれる。薪をくべないといけないのは女子野球。野球の分母を増やす。イチローほど野球の未来を憂い、信じている者はいない。飲み頃を過ぎたワインにも物語があるように、イチローや松井秀喜、松坂大輔は世紀を超えてドラマを生み出す力がある。この東京ドームに集し野球人は、誰よりもビューティフル・ドリーマーである。
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— YAMATO (@yamatoclimber) 2023年11月9日
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