
「日米野球」と聞いて、少し胸がざわつくのは、昭和生まれ、平成前期の記憶を持つ野球ファンだ。
まだインターネットもなかった時代、テレビ画面の向こうに映るアメリカは別の惑星のようで、やって来るメジャーリーガーは、神話の登場人物だった。
プロ野球の選抜チームが大リーガーにコールドのような大差負けを喫する。体格の違いがそのまま点差にあらわれていた。
2006年にWBCが生まれ、日本とアメリカの距離は少しずつ縮まり、勝つことも当たり前になってきた。それでもアメリカは憧れの国であり、ライバルになった今も「ワクワク」は変わらない。
第45回の歴史を迎えた日米大学野球選手権。
これはプロではない。だからこその魅力がある。日本が誇る全国最強の大学生たちが集結し、国の看板を背負って全力でぶつかる。高校野球とも、プロ野球とも違う、緊張と希望。
ここには、何かが始まる匂いがある。その一球が、いつか名前になる。
日本の野球は大学野球から始まった。アメリカと最初に戦ったのも大学野球。
野球の原点にある静かな熱、野球が野球であることの純度。それを、この舞台は持っている。ほんの数日だけ、夏の熱狂が生まれる。
近年の日米大学野球選手権
未来のスターたちが集う夏

2023年のMVP・下村海翔(青学)
6年ぶりに日本で開催される日米大学野球選手権は、将来のプロ野球・MLBを背負う逸材たちが真剣勝負を繰り広げる。近年は注目度が上昇し、スタンドで未来のスター誕生を目撃するファンも増えている。
2019年の第43回大会(日本開催)では、日本代表が3勝2敗で勝ち越し。明治大の森下暢仁がMVPに輝き、ドラフト1位で広島に入団した。米国代表には、2020年MLBドラフト全体1位のスペンサー・トーケルソン(タイガース)、4位のアサ・レイシー(ロイヤルズ)、10位のリード・デトマーズ(エンゼルス)らが名を連ねていた。

2020年から2022年はコロナ禍により中止・代替大会となったが、2023年に米国で大会が復活。第44回大会では2勝2敗で迎えた最終戦を日本が制し、2大会連続の優勝を達成。MVPは、青学の下村海翔が選ばれ、阪神タイガースのドラフト1位で指名された。
この年も米国代表には逸材が集結。二刀流スラッガーのジャック・カグリオーネ(ロイヤルズ1巡目)、長距離砲チャーリー・コンドン(ロッキーズ1巡目)、打撃巧者JJ・ウェザーホルトなど、翌年のMLBドラフト上位指名選手が出場していた。
過去にはマーク・マグワイア(第13回/1984年)、ジェイソン・ジアンビ(第20回/1991年)、ジャスティン・バーランダー(2003年/第32回大会)、デビット・プライス(2005年/第34回大会)、ゲリット・コール(2009年/第37回大会)も出場。
大学球界の頂点に立つ選手たちが、世界を見据えてしのぎを削るこの舞台。プロで再び相まみえる日が来ることを思えば、今この瞬間の一打、一球が特別になる。
2025年アメリカ代表の注目選手

今大会はMLBドラフトにかかる選手は参加せず、全員2年生以下、20歳以下。
その中で注目が遊撃手のロッチ・チョロウスキー(UCLA2年)。今季、打率.353、23本塁打、74打点、7盗塁、OPS(出塁率+長打率)1.190で守備も巧く、来年のドラフト全体1位候補。
外野手はドリュー・ビューレス(ジョージア工科大2年)が身長175センチながら強力な打球を飛ばす。
大学生ナンバーワン左打者と呼ばれるのがAJグレイシア(バージニア大2年)、全米1位の53盗塁を記録したルーカス・ムーア(ルイビル大2年)、代表選考会で打率.706を記録したザイオン・ローズ(ルイビル大2年)も注目。
投手の目玉は右腕のダックス・ホイットニー(オレゴン州立大1年)。最速157キロのストレートにカーブやスライダーで高い奪三振率を誇る。
他にも最速159キロ右腕のリアム・ピーターソン(フロリダ大2年)、最速154キロ左腕のイーサン・クラインシュミット(オレゴン州立大2年)、右腕ゲーブ・ゲークル(アーカンソー大2年)が注目選手。
2025年の侍ジャパン大学代表メンバー

侍ジャパン大学代表選考合宿を経て、「第45回日米大学野球選手権大会」に出場する侍ジャパン大学代表メンバーが選ばれた。投手10人、野手16人の合計26人。
【投手】
- 佐藤幻瑛(仙台大3年=柏木農)
- 桜井頼之介(東北福祉大4年=聖カタリナ)
- 伊藤 樹(早大4年=仙台育英)
- 斉藤汰直(亜大4年=武庫荘総合)
- 宮城誇南(早大3年=浦和学院)
- 島田舜也(東洋大4年=木更津総合)
- 中西聖輝(青学大4年=智弁和歌山)
- 鈴木泰成(青学大3年=東海大菅生)
- 毛利海大(明大4年=福岡大大濠)
- 山城京平(亜大4年=興南)
- 有馬伽久(立命大3年=愛工大名電)
【捕手】
- 小島大河(明大4年=東海大相模)
- 渡部 海(青学大3年=智弁和歌山)
- 前嶋 藍(亜大3年=横浜隼人)
【内野手】
- 小田康一郎(青学大4年=中京)
- 立石正広(創価大4年=高川学園)
- 繁永 晟(中大4年=大阪桐蔭)
- 勝田 成(近大4年=関大北陽)
- 松下歩叶(法大4年=桐蔭学園)
- 谷端将伍(日大4年=星稜)
- 緒方 漣(国学院大2年=横浜)
- 大塚瑠晏(東海大4年=東海大相模)
【外野手】
- 平川 蓮(仙台大4年=札幌国際情報)
- 榊原七斗(明大3年=報徳学園)
- 山形球道(立大4年=興南)
- 秋山 俊(中京大4年=仙台育英)
- 杉山 諒(愛知学院大3年=愛産大三河)
※主将は法大・松下歩叶、副主将は中大・繁永 晟
※島田 舜也(東洋大学)はコンディション不良により辞退
試合日程

- 7月8日(火)18:00 :エスコンフィールドHOKKAIDO
- 7月9日(水)18:00:エスコンフィールドHOKKAIDO
- 7月11日(金)17:00:HARD OFF ECO スタジアム新潟
- 7月12日(土)12:00:HARD OFF ECO スタジアム新潟
- 7月13日(日)17:00:明治神宮野球場
試合は全5試合。北海道のエスコンフィールドで開幕し、新潟を経て神宮球場が最終決戦となる。
日米大学野球選手権の注目選手

注目選手は「全員」であり、「まだプレーを見たことがない選手」になるが、ここでは実際に球場でプレーを観て印象に残った選手を紹介する。
投手
桜井頼之介

東北福祉大4年のエース・桜井頼之介(よりのすけ)。今年の全日本大学野球選手権では準決勝、決勝戦と2日連続で先発。最終回にも150キロを計測し、1失点の完投で全国優勝を決めた。「エースとはなにか」を体現する投手。
伊藤 樹

早稲田の4年生エース・伊藤 樹(たつき)。堀井 哲也 監督が、ピッチャーの軸と語る投手。今年の六大学野球では明治大学を相手にノーヒット・ノーランを達成。昨年、3年生のときに観た大学野球選手権では、10回をひとりで完封。延長タイブレークのノーアウト一、二塁もまったく動じない強心臓に惚れ込んだ。強敵のアメリカであっても、堂々たるピッチングを見せてくれるだろう。
中西 聖輝
青学の4年生エース・中西 聖輝(まさき)。伊藤と同じく、堀井 哲也 監督が投手の軸と語る。3年生だった昨年から夏の大学野球選手権、秋の神宮大会の決勝戦で先発し、両大会とも全国優勝を成し遂げた。大舞台の経験は誰よりも豊富。最終決戦の先発は中西に任せたい。
毛利海大

明治大学の背番号1を着ける4年生の毛利海大(かいと)。150キロに届く直球、カーブ、チェンジアップ。六大学野球100周年の法政戦では、9回を被安打3、1四球の完封。圧巻のピッチングを見せてくれた。春季リーグで最多勝、最優秀防御率、最多奪三振の投手3冠でベストナイン。勢いそのままに米国のスラッガーをねじ伏せてほしい。
鈴木泰成

王者・青学の守護神が3年生の鈴木泰成(たいせい)。2年生からクローザーを務め、夏の大学野球選手権、秋の神宮大会の決勝戦で最終回を締め、青学に全国優勝をもたらした。ピンチを招いても交代しない安藤監督の育成が実を結んだ。春季は先発を務めたが、アメリカ相手の最終決戦では最終回を締めてもらいたい。
捕手
小島大河

指名打者かファーストの起用もあり得るが、打撃センスがズバ抜けているのが、明治大学の4年生・小島大河。スイングがいいのはもちろん、驚かされるのは、ボールの「待ち方」。ギリギリのコースを見極め、際どい球を静かに見逃す。その姿には、数字では測れない野球のセンスがある。法政戦では2安打、2四球の4出塁。日米大学野球でも、中心選手になる。
渡部海
王者・青学で1年生から正捕手を務める驚異の経験値を持つ渡部海(わたべ かい)。2年生にして侍ジャパンにも選ばれる強肩強打。まだ3年生だが、幾度もの全国優勝を経験。城島健司の再来と呼ばれる逸材が、強敵アメリカを相手に、どんなパフォーマンスを見せるか。
内野手
立石正広

「20年に一人の逸材」と呼ばれる強打者、創価大学の4年生・立石正広。昨秋の神宮大会からドライチと騒がれていた。代表合宿で3本の柵越えを放ち、日本ハムの栗山英樹CBOが「別格」と称えた。内野の全ポジションを守れ、正位置がセカンドなのは貴重。神宮で打ち上げ花火を放ってほしい。
繁永 晟

中央大学の4年生、繁永 晟(しげなが あきら)。昨年から侍ジャパンに選ばれ、グリーンスタジアム神戸での高校生との壮行試合で2本の二塁打に加え、守備でも投手を助けた。同じ二塁に立石正広がいるが、どんな起用になるか。副将として侍ジャパンを牽引する。
松下歩叶

法政大学の4番サード・4年生の松下歩叶(あゆと)。去年も侍ジャパンに選ばれ、青学の西川史礁(ロッテのドライチ)を彷彿とさせる力強いスイング。今回は主将としてチームを引っ張る。アメリカ相手にもフルスイングで神宮にアーチをかけてほしい。
緒方 漣

2年生で唯一、侍ジャパンに選ばれた國學院のショート・緒方漣(れん)。横浜高校でもショートを務め、日本代表ではワールドカップでMVP。文字どおり世界一のショートになった。高校ナンバーワンだった軽快な守備は大学でも健在。どこで出番があるか。
外野手
山形 球道

名前がすでに物語を抱えている立教大学の4年・山形 球道(きゅうどう)。春の六大学野球で、本塁打、打点、打率の3冠王。プレミア12のオーストラリア代表トラヴィス・バザーナを思わせる躍動感あふれるスイング。立石に注目が集まっているが、MVPの最有力候補である。
試合結果
第1戦
7月8日(火) 18:00 エスコンフィールドHOKKAIDO
日本 6 - 1 アメリカ
日本代表は3回裏、小島の適時打などで3点を先制。5回には、小田 康一郎のソロと平川の適時打で2点を加えた。先発・伊藤は6回1失点の好投。その後は鈴木泰成、毛利海大、 佐藤幻瑛の継投で無失点リレー。14安打6得点の日本に対し、アメリカは4安打。投打ともに圧倒した。
第2戦
7月9日(水) 18:00 エスコンフィールドHOKKAIDO
アメリカ1 - 8日本
連夜の圧勝劇。先発の中西聖輝は6回3安打1失点8奪三振。あとを継いだ宮城 誇南、毛利 海大 、齊藤 汰直も無失点に抑え、アメリカから合計16奪三振。
日本の打線も2番センター榊原七斗(明治大)が3ランホームランを含む3安打4打点。主将の一番サード松下歩叶も2安打2打点と、投打ともにアメリカを圧倒した。
第3戦
7月11日(金)17:00 HARD OFF ECO スタジアム新潟
日本 2 - 0 アメリカ
3回裏、主将の松下 歩叶のタイムリーで先制。5回も松下の内野ゴロの間に1点を追加。先発・毛利 海大は5回を被安打4の無失点。後を継いだ佐藤 幻瑛は157キロのストレート、クローザーの鈴木 泰成も残りの2回を締めて完封リレー。侍ジャパンが史上初、3連勝で大会3連覇を果たした。
第4戦
7月12日(土)12:00 HARD OFF ECO スタジアム新潟
アメリカ5 - 6日本
初回、谷端 将伍のタイムリーで2点を先制。続く2回表に松下 歩叶のソロで追加点を奪うと、4-2で迎えた5回には、初スタメンマスクの前嶋 藍のタイムリーなどで2点を挙げた。先発・齊藤 汰直は4回2失点に抑え、 山城 京平、櫻井 頼之介、櫻井 頼之介、佐藤 幻瑛が継投し、6-5の接戦を制した。これで日本は4連勝。2004年の第33回大会以来の全勝優勝へ、あと1勝とした。
第5戦
7月13日(日) 17:00 明治神宮野球場
日本 6 - 5アメリカ
侍ジャパンが5戦全勝を達成。総安打は56、総得点28、犠打は1。かつてのスモールベースボールではなく、投打において圧倒した。
最終決戦:神宮の照明が灯るころに

野球には、季節の匂いがある。真夏の神宮球場で行われた日米大学野球選手権を観て、あらためて感じた。7月の恒例だった都市対抗が後ろ倒しになった今年、ぽっかり空いた盛夏に現れたのは、大学生たちの侍ジャパンだった。まだプロではない。けれど、確かな熱を持った選手たちが、日の丸を背負ってグラウンドに立っていた。

7月13日(日)、神宮球場に着いたのは15時30分の開場少し前。チケット売り場の前にはすでに列ができていた。早慶戦の熱気には及ばないが、日米大学野球も少しずつ根付き始めている。第50回の記念大会には、球場が満員になる光景を見てみたい。

北海道、新潟と旅をしてきたが、やはり大学野球には、神宮球場がよく似合う。高校球児の甲子園以上に、学生たちの汗と歓声が、この球場にはしっくりとくる。

これが東京を離れる前の最後の神宮球場。最後の野球観戦。惜別の球場メシ・神宮名物の「神宮パイン氷」の甘さが少しだけ寂しく沁みた。

学友や親類たちのスタンドに手を振る姿には、学生のあどけなさが残る。しかし、このグラウンドに立てるのは、全国から選ばれたトップ・オブ・トップ。その姿には、すでに“代表”としての風格と覚悟が漂っていた。

6日間で5試合目。いよいよ最終戦。選手たちが背負うのは、疲労のピークと、日の丸の重み、そして星条旗の誇り。

空は晴れているが涼しい。連日の猛暑が嘘のようで、明日からは雨が続く。野球の神様が、選手たちのために用意した最適なコンディションだった。

高校野球と違い、大学野球には秋のリーグ戦がある。夏は山頂で、秋は下山。この夏で、何を得て、何を失うのか。

アメリカの選手は全員が2年生以下とはいえ、体格では日本人を上回る。来日して数日が経ち、日本の水にも慣れたのか、徐々に調子を上げてきた。5戦全敗の汚名は避けたいだろう。三塁側スタンドには、アメリカ代表を歓迎する応援団も設けられた。これもまた、日本の「おもてなし」のかたちだ。

始球式には井端監督が登場。見事なストライクの快速球を投じ、さすがは侍ジャパンの総大将。現役を退いても風格を見せてくれる。

17時、プレイボール。日本の先発は伊藤樹。昨年より風格も球威も増し、日本代表のエースを任される理由がそこにあった。初回を三者凡退に抑える。

後攻の日本。1番・松下歩叶が初球からフルスイングで二塁打。いきなりのチャンスメーク。こういうリードオフマンがいるチームは強い。いきなり2点を先制。

伊藤は2回に1点を失い、守備ミスもあって2アウト三塁のピンチを招くが、落ち着いてストレートで三振を奪う。その態度は堂々とし、マウンド上での所作にはいつも感心させられる。名門・早稲田のエースが背負う重みを、きちんと受け止めている。

3回、連打を浴びて2-2の同点。今大会、初めて追いつかれる展開。一方的な試合より、こうした緊迫感のある試合が見たい。

18時、ナイター照明が灯る。4回表からは立命館大3年の有馬伽久が登板。

先輩の東克樹(現ベイスターズ)を思わせる佇まい。149キロの直球がミットに吸い込まれる。2アウト満塁のピンチも、味方ベンチの声援に応えて無失点で切り抜ける。

勢いに乗りたい日本。しかしアメリカも簡単に流れを渡さない。ピッチャー交代の直後、平川蓮がスリーベースでチャンスを作るが、9番・大塚瑠晏がキャッチャーフライ。流れを手放さない。こういう修正力の高さが、アメリカの強さ。

5回、有馬が続投。チャンスのあとにピンチあり。盗塁、パスボールも絡んで2アウト三塁。

来年のドラフト有望株であるザイオン・ローズが勝ち越しタイムリー。今大会、侍ジャパンが初めてリードを許す。やはり神宮の野球は、こうでなくては面白くない。

5回裏、榊原七斗のスリーベースで再びチャンス。先制タイムリーを放った小田康一郎のファーストゴロの間に榊原が生還。あっさり同点。

WBCの決勝戦でヌートバーが見せたように、たとえ打者がアウトになっても点が入る。野球というスポーツの献身性は日本に味方する。

さらに4番・立石正広のヒット、小島大河の死球で満塁。明らかにピッチャー交代の場面。アメリカの監督がマウンドに向かうが、続投を選択。どういった意図なのか?

すると、ワイルドピッチで逆転を許し、続く渡部海の2点タイムリーで突き放す。

ようやく投手交代。チーム事情采配の真意はわからないが、これが勝負の分かれ目だった。

19時、トワイライトの中で6回表。青学のエース・中西聖輝が登板。直球と変化球のコンビネーションが見事。神宮での経験が光る。

だがアメリカも意地を見せる。キャッチャーのラッキーがセンター前に落とすと、守備の乱れも絡み、ランニングホームラン。試合の流れが一変する。これが野球というゲームの醍醐味でもある。

6回裏、日本の攻撃が長引き、中西は7回表でリズムを崩す。先頭・ロッチ・チョロウスキーがセンターへホームラン。

今大会初ヒットが値千金の一発。来年のMLBドラフト全体1位最有力の片鱗を見せる。これで6-5。1点差まで詰め寄る。

プレミア12決勝のチェン・ジェシェンのように胸のマークを指す仕草には、すでにスターの風格があった。

7回裏から登板したのは、アメリカのライアン・マクファーソン。ミシシッピ州立大の1年生、191cmから投げ下ろす150キロ超のストレートはプロでも一流の球威。ドラフトにかかるのではないか。フォームが荒削りなだけに将来が愉しみだ。

そして最終回。侍ジャパンの守護神・鈴木泰成がマウンドへ。

2年生の頃から絶対王者の青学でクローザーを任されてきた男の深いお辞儀。これが侍ジャパンの姿勢だ。アメリカの選手がボールを足蹴にしたり、唾を吐いたりする場面もあるが、侍ジャパンのプレー態度は、野球人の鑑。
野球は止まっている時間が長く、考える時間も多い。だからこそ、精神性が表れるスポーツなのだ。

鈴木は堂々のピッチング。ロッチ・チョロウスキーを見逃し三振に仕留めると、本人は判定に納得できず激昂。審判にFワードを浴びせた。若さゆえか、大物の片鱗か。

そして最後の打者も見逃し三振。鈴木は大喜びせず、静かにマウンドを降りた。

相手への敬意がにじむ。来年は中西を後を継いで、青学のエースを任されるだろう。

ヒット数は互いに11本。守備ミスは日本の方が多かったが、スコアは6-5で日本の勝利。わずか1点が、天国と地獄を分けた。

数字だけで語れないのが野球。打率、球速、回転数、WAR……あらゆる数値が飛び交う時代でも、感性と情緒、チームワークとメンタルがすべてを変える。

この競技は、アメリカで生まれたが、日本人のためにある。個人技ではない、野球というスポーツの奥深さ。日本が強さを見せた試合だった。

MVPはキャプテン・松下歩叶。将来、イチローや大谷翔平のようなリーダーになることを願いたい。

首位打者賞は中京大の秋山俊。スイングの美しさ、躍動感は近年の大学生の中でも屈指。井端監督が惚れ込むのも納得だ。

最優秀投手賞は毛利海大。今年のドラフトを沸かせる存在になるだろう。

6-5。たった一点の国境線。神宮球場の一夜には、野球の純度、大学野球の温度が詰まっていた。
日本代表、5戦全勝。侍ジャパンの野球はやはりすごい。神宮の大学野球は熱い。

野球というスポーツが、国境を越えて描いた6日間のドキュメントは、静かに、しかし確かに、夏の真ん中に熱を残していった。大学生たちは、まぎれもなく、真夏のサムライだった。
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