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第74回全日本大学野球選手権2025〜神宮に咲いた傘の花、青空よりも眩しかった声

全日本大学野球選手権2025〜神宮に咲いた傘の花、青空よりも眩しかった声

雨の季節の球音は物語の香りがする。

甲子園で球春の訪れを告げるセンバツ、夏の終わりを告げる選手権。あるいは、晩秋の神宮に燃え残る明治神宮大会。

全国大会のなかでも違う趣を持つのが、6月に神宮球場で行われる全日本大学野球選手権だ。

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初夏。晴れ渡る空を当てにできない6月の東京は、梅雨前線の気まぐれに翻弄される。屋外球場で行われるこの大会は、全国大会の中でも天気に振り回される運命にある。

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2025年も例外なく、雨に流された試合があった。それでも学生たちは、濡れたグラウンドを蹴り、滑り、泥にまみれながら勝ち上がってきた。決勝に辿り着いたのは、福井工業大学(北陸大学)と東北福祉大学(仙台六大学)

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北陸と東北。東京を中心に廻る大学野球界にとって、この対決はトーナメントの怖さを象徴する。過去2年の決勝は、東京六大学と東都リーグの東京対決。今年は首都圏の強豪を力強く押しのけ、北と北が、頂点の座を懸けて相まみえる。

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東北福祉大学は、王者・青山学院大学を準決勝で破っての進出。史上初の3連覇という重圧を背負っていた青学を倒し、7年ぶり4度目の優勝へ。
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福井工業大学は、46度目の出場にして初の全国制覇を狙う。ベンチには、かつてプロの舞台でバットを振り投げた町田公二郎監督、沢崎俊和チーフ投手コーチ。プロの酸いも甘いも知る采配が、選手たちのプレーに熱を宿す。

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高校野球では、酷暑を避けるためにドーム開催の議論が進んでいる。それは時代の流れ。だが、雨に煙る空の下、雨の匂いが、物語の厚みを増すことだってある。昨年のプレミア12。雨空で侍ジャパンが戦った台湾の熱夜が蘇る。

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2025年、6月15日。全日本大学野球選手権、決勝。雨雲は東京の空をうろついているが、それでも球場に向かいたくなる。ひとつの時代が終わり、また新たな時代が始まろうとしている。そんな気配が、バットの音に、スタンドのざわめきに、しっかりと混じっている。

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試合開始1時間前。午後1時、神宮球場に着いたとき、空はゆっくりと晴れ始めていた。雨上がりの空気は重く、呼吸をひとつひとつ確認するような蒸し暑さが身体を包む。昨夜吹き荒れた風が恋しい。だが、そんな空模様も試合が始まる頃には変わる。小雨がぱらつきはじめ、空の色もぼやけていく。全日本大学野球選手権は、最後まで梅雨と戦う。

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先攻は東北福祉大学。1番、2番は平安高校出身。下位打線には智辯学園、智辯和歌山と、打順の随所に関西のエッセンスが混じる。東北の名を背負っていても、野球は多地域の集合体。

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守る福井工業大学のマウンドに立ったのは、3回生のエース左腕、藤川泰斗。侍ジャパンの合宿に追加招集されたサウスポーだ。

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初回、いきなり1アウト三塁のピンチ。だが、4番と5番を連続三振。大舞台の重圧を振り払うように、腕をしならせた。

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野球の風向きは急に変わる。2回、3回と連打を浴び、3回を投げきれず降板。4失点。マウンドを継いだリリーフ陣も打ち込まれ、4回が終わった時点で被安打10、6失点。静かに試合は動き、点差は広がっていく。

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それでも、福井工業大学には、今大会、4試合で3度も逆転勝ちを演じてきた粘りがある。その象徴のような選手がいた。

3回生、細川叶人。ファーストの守備位置から、声を張り上げる。ピッチャーに向けて、仲間に向けて、その声で試合の流れを変える気配もするほど。f:id:balladlee:20250615191450j:image

現在、ロッテで活躍する若きキャッチャー・寺地隆成の高校時代が同じだった。侍ジャパンのファーストとして台湾で世界大会を戦ったとき、ファーストから誰よりも大きな声を出していた。

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反撃の機をうかがいたい福井工業大学の前に立ちはだかったのが、東北福祉大のエース、櫻井頼之介。準決勝に続いての先発。侍ジャパン合宿に追加招集されている。

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初回は走者を背負うが、落ち着いて送りバントを処理し、無失点で切り抜ける。まだ初回だが、これが大きかった。

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以後、投球はテンポを増し、糸を引くような直球は厳しいコースを突き続ける。手が出ず、バットを振らせない見逃し三振。8回までわずか1失点。名門大学で「エース」と呼ばれる所以が、そこにあった。

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福井の3番手・向嶋大輔も懸命に投げた。味方の反撃を信じて腕を振った。しかし、8回、疲労の色が出る。球威も制球も落ち始めたところで、4番・小島に痛打を浴びる。さらに味方のエラーが重なり、ここで交代。

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それでも、崩れそうになる空気をひとりで引き止めていた姿は、称えられるべきだった。

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東北福祉大学は、準々決勝からの3試合すべてで8点を奪う打線の爆発を見せた。この日も例外ではない。15安打、投打で圧倒。特に準決勝で、絶対王者の青学を破った勢いが、そのまま決勝戦に持ち越した。

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9回、櫻井は続投。同じく侍ジャパンに選ばれている164キロ右腕・堀越 啓太の出番はなし。最終回になっても球速は150キロを計測し、むしろギアを上げる。名門でエースを背負う覚悟。その重みが、球に乗っていた。

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最後の打者を三振に切って取り、8-1で試合終了。

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球数118、被安打7、7奪三振。圧巻のピッチングだった。

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東北福祉大学、7年ぶり4度目の優勝。雨の神宮で、ひとつのドラマが幕を下ろした。試合中に降った雨が、映画『シェルブールの雨傘』のワンシーンのように、スタンドに傘の花を咲かせた。

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そして試合終了後、空はまた晴れた。天候までもが、この試合の舞台装置だったように思えてならない。

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大学野球が高校野球と決定的に違うのは、まだ「次」があることだ。秋の明治神宮大会。勝者も敗者も、そこへ向かってアクセルを踏まなければいけない。これは猶予なのか、それとも酷なのか。野球の神様は、大学生に少しばかり課題を多く残す。

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福井工業大学、東北福祉大学。今日、晴れた空の下で全力を尽くしたこの二校が、秋にはどんな姿になっているのか。その続きが、今から楽しみだ。

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