
春の甲子園には、試合が始まる前から、もう野球がある。
まだ一球も投げられていない。スコアボードの数字も動いていない。勝者も敗者もいない。けれども、開会式にはすでに野球のすべてが、少しずつ含まれている。
整列、行進、国歌、大会歌の『今ありて』、選手宣誓。儀式のひとつひとつが、これから始まる13日間の物語の、静かな予告編になっている。
令和8年3月19日、木曜日。第98回選抜高等学校野球大会が始まる。

朝の甲子園は、空気のどこかに冬の名残がある。陽射しは明るいのに、風は薄く冷たい。アルプスの上を抜ける風が、応援旗の端を揺らす。その揺れ方を見ていると、春という季節は、来たというより、まさに来ようとしている途中なのだと思う。
センバツは、夏とは違う。
夏の甲子園が、地方大会を勝ち抜いてきた49校の到達点だとすれば、春の甲子園は、選ばれた32校の出発点である。勝ち取った場所というより、託された場所に近い。だから、そこに立つ球児たちの表情には、夏とは別の緊張がある。勝者の顔というより、まだ何者でもない者の顔。これから自分たちが何者になるのか、その入口に立っている者の顔である。

開会式で行進する球児たちは、みな同じ歩幅で歩いているように見える。だが、そこへ来るまでの時間は、それぞれ違う。
ある学校は秋の地区大会を圧倒的な力で勝ち上がってきた。ある学校は一敗の重さに耐えながら選考の日を待った。21世紀枠でこの場所に来た学校には、また別の物語がある。過疎地のグラウンド、部員の少なさ、雪に閉ざされる冬、地域に支えられて続いた練習。甲子園の土の上に並んだ32校は、同じユニフォームの行進をしているようでいて、その背後には32通りの風景がある。

行進というのは不思議なものだ。ただ前に進むだけの動作なのに、人はそこに物語を見てしまう。胸の張り方に、その学校の歴史が見える。腕の振り方に、そのチームの気質が見える。少し硬い表情のなかに、初出場校の緊張がある。足取りの落ち着きには、常連校の記憶がある。
見ている側は、「まだ試合じゃない」と思う。けれど、当の選手たちにとっては、もう始まっているのだ。入場門をくぐり、甲子園の土を踏み、視界が一気に広がる。その瞬間、秋から続いてきた時間と、これから始まる春の時間が、ぴたりと重なる。

センバツの開会式には、独特の静けさがある。
夏の開会式が、熱気と光に押されるように始まるのに対して、春はどこか、空気の余白のなかで始まる。球場の広さがよく見える。空の高さが近く感じられる。ブラスバンドの音も、歓声も、どこか澄んでいる。まだ桜は満開ではない。けれど、咲く直前のものが持つ気配が、球場全体にある。
センバツとは、そういう大会なのだ。

満開ではない。完成でもない。途中であること、未完成であること、それ自体が美しさになる。
ベンチ入りする選手は2年生と3年生だけで、1年生はいない。ついこのあいだまで先輩の背中を見ていた新チームが、いまは学校を代表して甲子園に立っている。秋の大会ではまだ噛み合わなかったチームが、冬を越えてひとつの形になった。細かった投手の背中に少し厚みが出た。主将の声が、ようやくチームの声になってきた。春の甲子園は「変わりかけ」のチームが集まる場所。

この中から、怪物と呼ばれる投手が現れるかもしれない。全国区のスラッガーが生まれるかもしれない。甲子園の応援史に残る曲が、またどこかのアルプスから生まれるかもしれない。そのどれもが、まだ名前を持たない。開会式の時点では、すべてが予感でしかない。その予感が、春の光の中に均等に配られている。

選手宣誓が始まると、球場は少しだけ引き締まる。
宣誓の言葉は、毎年少しずつ違う。けれど、その核にあるものは変わらない。野球ができることへの感謝。支えてくれた人たちへの思い。仲間とともに、この舞台に立つことの意味。高校野球の言葉は、ときにまっすぐすぎるほどまっすぐで、だからこそ胸に届く。大人の世界では、言葉はしばしば斜めに使われる。含みを持たせ、逃げ道をつくり、余計な装飾で本心を隠す。だが高校野球の言葉は、驚くほど正面から来る。
甲子園には毎年、そうした「まっすぐな言葉」が似合う。
たぶん、土のせいだろう。スタンドのせいだろう。あるいは、ここがあまりにも多くの始まりと終わりを見てきた場所だからかもしれない。甲子園では、嘘のない言葉だけが、最後に少し残る。
開会式とは、「まだ起きていないドラマ」の集合である。
この日の段階では、優勝校もわからない。延長戦があるかどうかもわからない。ホームランが何本出るかもわからない。2026年から採用されるDH制が、試合の流れにどんな変化をもたらすのかも、まだ誰にも本当のところは見えていない。
投手が降板しても打席に残ることができる。指名打者を守備につかせればDHは消える。ルールが変わると、風景も変わる。だが、変わる風景の奥にある「高校野球の時間」は、おそらく変わらない。
それでも人は、新しい風景を見に甲子園へ来る。そして同時に、変わらないものを確かめにも来る。

行進の列、白線の引かれたグラウンド、整列した学校名のプラカード、吹奏楽の響き、晴れた日の銀傘、少し冷たい春風。開会式には、毎年ほとんど同じものがある。だからこそ、一年に一度しかないこの瞬間は、強く心に残るのだろう。人は変化だけでは季節を感じない。反復の中にこそ、季節の輪郭を見つける。春のセンバツも、そのひとつだ。
「春は選抜から」という言葉が、野球ファンのあいだで半ば標語のように使われていたのは、言い得て妙だったのだ。
春は、ただ暖かくなる季節ではない。何かが始まる季節である。まだ何者でもないものが、何者かになるかもしれない季節である。センバツの開会式には、その気配が濃い。球場全体が、これから起きる出来事をまだ知らないまま、しかし確実にそれを待っている。
開会式を終えたあと、最初の試合でいきなり涙をのむ学校がある。ひと振りで時代を変える打者が現れるかもしれない。無名の左腕が、たった一試合で全国に名を知られることもある。そういうことが甲子園では起こる。そして、そのすべての始まりが、この開会式なのである。
誰も敗れていない朝。誰もまだ傷ついていない時間。
それでも、全員がまもなく勝負の中へ入っていくと知っている。だから、開会式の球児たちは美しい。無垢だからではない。無垢ではいられない直前だから、美しいのだ。
甲子園の開会式を見ていると、ときどき、野球という競技の不思議さを思う。たった一球で流れが変わる。たった一歩の遅れでセーフとアウトが分かれる。ほんのわずかな差で、勝者と敗者が決まる。その残酷さを知っているはずなのに、高校生たちは、あんなにもまっすぐ前を向いて歩く。
たぶん、若さとはそういうことなのだろう。
結果を恐れないことではない。恐れながら、それでも前に出ることだ。春の甲子園の行進は、そのことを黙って教えてくれる。
甲子園に吹く春の風は、昔とそれほど変わらない。土の匂いも、白線の眩しさも、選手たちのまだ少し硬い表情も。変化と不変が、同じ球場の中に並んでいる。その感じが、春の高校野球にはよく似合う。
開会式が終われば、選手たちはベンチへ戻り、やがて最初のプレイボールがかかる。拍手は歓声に変わり、行進曲は応援歌に変わる。静かな序章は、そこで終わる。
だが、見る者は知っている。その序章こそが、たまらなくいいのだと。
まだ何も起きていないのに、すべてが始まっている。春の甲子園の開会式とは、そういう時間である。桜の前、熱狂の前、勝敗の前。野球が、いちばん静かに熱を帯びる瞬間。
春は、また甲子園から始まる。
1997年・第69回選抜高等学校野球大会、平安高校の開会式

17年ぶりの春、平安は列の中にいた。
開会式は、野球がまだ始まっていないのに、もう野球の匂いがする時間である。
まだ結果がない。勝者も敗者もいない。エースの評価も、4番の打球も、監督の采配も、まだ何ひとつ始まっていない。あるのは、整列した32校の選手たちと、甲子園の広い外野だけである。
1997年3月26日。第69回選抜高等学校野球大会。甲子園の外野は、春先らしく、妙に明るかった。芝はよく光り、内野の黒土はまだ冷えて見えた。スタンドには、かなりの人が入っていた。アルプスにも色が出ていた。開会式というものは、試合前なのに、すでに球場全体が試合の前夜のような顔になる。空は晴れきらず、少し重い。その鈍い空の下に、32校の球児たちが白い列をつくっていた。
開会式はひとつの幾何学に見える。緑の上に白。まっすぐ並んだ線。整列した若者たち。その線の1本1本には、それぞれ別の時間が流れている。
平安高校は、その列の中にいた。
17年ぶり32回目の出場。数字だけ見れば、古豪の帰還である。だが、その数字を背負って立つ選手たちにとって、17年という時間は長すぎる。自身の野球歴より長い。並んでいる選手たちは、その空白を体験していない。空白の17年を知っているのは、スタンドにいる大人たちのほうである。京都で平安という名前がどんな響きを持つのか、春の甲子園から遠ざかるということがどういうことだったのか、それを本当に知っているのは、むしろ制服ではなく背広を着た人たちだ。
平安が春に帰ってきた。その事実は、選手より先に校名が背負っていた。
平安という名前は、甲子園で独特の響き方をする。派手ではない。新しくもない。だが、軽くない。京都という土地の気配と、甲子園そのものの時間が、あの2文字には最初から混じっている。地味さの奥に、品がある。勝ち負けだけではないものを連れてくる校名である。
1997年のセンバツは、いくつかの変化の年でもあった。球審のカウントコールはストライク先行から、ボール、ストライクの順になった。守備側も攻撃側もタイムの回数に制限がついた。行進曲はPUFFYの『これが私の生きる道』だった。
その曲名は、平安には妙に似合っていた気がする。
これが私の生きる道。
選抜に出る道は、夏のように一直線ではない。勝ち抜けばいいわけではない。秋の成績があり、地域性があり、選考があり、そして人の目がある。勝ち取るというより、選ばれる。その不確かさをくぐって、平安は戻ってきた。17年ぶりに。戻ってきた、という表現がこの学校にはよく似合う。初出場ではない。新顔でもない。しばらく姿を見せなかった主演俳優が、もう1度舞台に上がってきた。
原田英彦監督が率いていた。就任からまだ数年のチームだった。新しい監督が、古い学校を連れて帰ってきた。その足元には、平安という校名の蓄積があり、ベンチには、まだ完成途上のチームがある。高校野球では、そういう組み合わせが時々おもしろい。
そのチームには川口知哉がいた。
この朝の時点で、外野に整列しているひとりの左腕が、この大会でどんな球を投げるかを、まだ多くの観客は知らない。直球と、落差のあるカーブ。のちにその球で星稜を抑え、日南学園を抑え、平安はベスト8まで進む。だが開会式の川口は、まだただの球児である。ユニホームを着て、列の中に立ち、まっすぐ前を見ている。甲子園では、スターになる前の選手がいちばんいい。まだ名前より先に、肩の線や立ち姿が印象に残る。
開会式は、勝者のための時間ではない。まだ誰も勝っていない。むしろ、これから負けるかもしれない32校のための時間だ。
試合が始まれば、すぐに序列が生まれる。勝った学校と負けた学校。打った選手と打てなかった選手。抑えた投手と打ち込まれた投手。だが、開会式のあいだだけは、全員が同じ速度で歩く。甲子園の土を踏む歩幅に、勝敗はまだ混じっていない。その無垢な時間が、高校野球には似合っている。
平安にとって大事だったのは、まず「ここにいる」という事実だった。17年ぶりに、春の甲子園の開会式の列に、自分たちの学校がいる。そのこと自体が、1つの小さな勝利だった。
甲子園では、学校名が風景になる。
平安という名前も、この日、風景の一部になっていた。緑の外野、黒い土、満ちたスタンド、少し曇った春の空。その中に、京都の古豪がいた。列の中に埋もれているようで、埋もれていなかった。17年ぶりという時間が、その学校を少しだけ濃く見せていた。
開会式には、結果がない。だからこそ、物語の輪郭だけが、よく見える。
あの日の平安は、強豪復活の主役というより、長い沈黙を終えてマウンドの方向を見ているチームだった。派手ではない。騒がしくもない。ただ、戻ってきたのだ。春の甲子園に。17年ぶりに。大声を出さなくても伝わるものがある。歩いているだけで、時間の重さが見えることがある。平安の行進は、そういう種類の行進だった。
平安が平安という校名のまま、ただそこに立っていられる。17年ぶりの春という時間だけをまとって。