10月29日にスタートした宮崎合宿から16日。いよいよ迎えた開幕戦。
11月13日水曜日は気温23度。雲ひとつない快晴。熱々のアスファルトがナゴヤドームを目玉焼きのように焼く。弟が奈良の実家から車を運転してくれ正午に到着。
目と鼻の先のお好み焼き屋さんでお昼。ヤンキースのユニホームを着た弟に女将さんが「今日って野球あるの?」と驚く。灯台下暗しなのか。プレミア12の存在を知らない。2015年に始まったプレミア12は9歳児。これから成長していく国際大会だと実感させられる。
平日の影響もあり観客は30691人。宮崎キャンプで出会った27歳のSさんは北九州から愛車のプジョーを飛ばして名古屋にやってきた。野球を観たあと日本一周の旅をする。侍ジャパンの勝利を号砲にしたいところだ。
16時に開場し、侍ジャパンの打撃練習を見ている間、弟がナゴヤドーム名物「焼鳥とりしげ」の「がぶりもも焼き 塩味」1000円を30分以上並んで買ってくれた。野球を誰かと観ることはほとんど無いので、これだけでも涙腺がゆるんでしまう。
宮崎キャンプからずっと笑顔だった清宮幸太郎が険しい表情で登場。近づき難いオーラ。侍ジャパンのオーラをまとっていた。いよいよ始まる。
打撃練習の第一組の坂倉将吾が柵越え連発。試合前から今までとは違う戦闘モードが伝わってくる。この試合前のヒリヒリした緊張感が国際大会の醍醐味。紅林弘太郎や清宮幸太郎も柵越えを披露。
オーストラリアの打撃練習は打球に注意する警告の笛が鳴り止まない。南アフリカ生まれの外野手ウルリヒ・ボジャルスキのバッティングを見た弟は「ホームランを打ちそう」と言ってきたが、本当にその通りになった。
この日の主役は井上温大。負ければ終わりのクライマックスシリーズに初登板した井上は、負ければ敗退が決まる試合でベイスターズを相手にパーフェクト投球。「普通の人間ができることじゃない」と強心臓に驚いた吉見コーチと井端監督が開幕投手の大役に抜擢。
今年、オーストラリア人として初めてMLBドラフト全体1位で指名されたトラヴィス・バザーナとの対戦ではライト前に運ばれ、さらには盗塁を決められる。ノーアウト二塁。バザーナはチーム唯一の複数安打。それでも2打席凡退したこと、チームが敗れたことで満足していないとコメント。残りの4試合でどんなパフォーマンスを見せるか。
井上温大は初回のピンチを0点で切り抜けると5回を3安打8奪三振の好投。最初は投球フォームに硬さがあったが、徐々に本来の柔らかさを取り戻す。6回の先頭打者ウルリヒ・ボジャルスキに真ん中の失投をホームランにされ、バザーナにもヒットを打たれたことで交代。5回終了後のグラウンド整備は、先発投手にとって長すぎる休憩でリズムや調子が狂うことがある。6回から投手を替える選択肢もあったが、井端監督は今後の侍ジャパンに選ばれるようマウンドを託した。見えない橋をかけた。
日の丸のユニホームに袖を通すことは群馬で野球を始めた小学生の頃からの夢だった井上温大。日本代表の一員になる夢を叶えただけでなく、開幕投手という重圧を跳ね除け、憧れを超えたサムライになった。
継投を選んだ井端監督とは対照に、南半球にあるオーストラリアは日本と季節が反対になり、シーズンの開幕が11月15日。まだピッチャーにエンジンがかかりにくい段階。デーブ・ニルソン監督は対策としてブルペンデーを採用。初回から2アウトをとったところで早くもエースのサム・ホランドを投入。この試合だけで12人の踏襲を送り込み、実戦を経験させた。オーストラリアに限らず、細かい継投が多くなる国際大会。これは侍ジャパンの打者にとっても普段とは違う戦いに慣れることができる。
3回、牧の打席。ゲッツーを取れたところ、守備のミスで1アウトしかとれず。パスボールで不要な1点を失う。侍ジャパンは4回裏、紅林のヒットから坂倉将吾が続き桑原将志が送る。この日だけで2本の送りバント。楽勝ムードにも大味な野球をせず、地に足がついた野球。両国で対照的な野球を展開した。
井上温大のあとを受けた横山陸人は4番のリクソン・ウィングローブに2ランホームランを被弾。オーストラリアは守備ミスがなければ同点か1点差だった。点を取られてもホームランで流れを変えられるのが豪州の凄さ。
侍ジャパンの底力を見せつけたのが6回に登板した藤平尚真。圧巻の3者連続三振。オーストラリアに流れが行きかねない場面で大仕事。日本に流れを引き戻した。藤平はチェコ戦から6者連続の三振。
最後はナゴヤドーム凱旋の清水達也が3者連続三振で締めゲームセット。オーストラリアは16三振。世界王者を相手に雑な野球、侍ジャパンは送りバントの手堅い野球で守備の好プレーもあり。4試合でエラー0。国際試合に勝つための要素が詰まった試合だった。
海を越えた台湾では初戦に韓国が台湾に敗戦。序盤に6点のリードを許す波乱の幕開けとなった。エンジンがかかる前の国際大会の怖さが出た試合。勝負に番狂わせはつきもの。一方の侍ジャパンは堅実な野球で付けっかを残した。その象徴が井端監督。6日に宮崎合宿が終わったあと名古屋に向かったチームとは別行動で東京へ。府中市民球場でのオーストラリアvs.セガサミー(社会人)の練習試合を球場で偵察した。野球とは番狂せが起きるもの。それを愉しむのがスポーツだが、井端監督は「番狂わせ」を削る努力を徹底する。その準備が開幕戦の結果を生んだ。自信は結果ではなく準備が作る。超一流は目に見えない部分にこそ宿る。