室内でやる野球があるという。ドーム球場ではない。体育の授業で使うような広さの。その名を「Baseball 5(ファイブ)」という。
5人制、5イニング、道具はゴムボールだけ。18mの正方形のコートの中で行う超コンパクトなスモール・ベースボール。小学生の頃に休み時間や放課後に校庭で遊んだアレだ。憧憬の遊戯。キューバで始まったといわれ、「ストリート・ベースボール」と呼ばれていた。2017年に世界野球ソフトボール連盟(WBSC)によって野球・ソフトボールに次ぐ「第三のベースボール」として産声を上げた。
Baseball5は野球の普及が進まない地域でも手軽にできる競技として現在100カ国以上でプレーされている。2022年にはワールドカップやアジアカップも開催。日本代表もあり準優勝だった。
2024年2月4日、日曜日。第1回Baseball5日本選手権が開催される横浜へ向かった。横浜スタジアムがある関内駅。横浜武道館。室内野球だから雨も関係ない。
7年前から正式種目だったのに、今頃になって知ったのは侍ジャパンが冠スポンサーになったから。野球でもない競技を応援する必要はない。それでも新たな息吹を後押しする。その素晴らしい意気込みに打たれた。
横浜武道館。その名も初めて聞いたがシートも柔らかく腰痛に助かる。最前列からの観戦。無料ということもあり徐々に席が埋まっていく。
コートには壁が造られ、ホームランはアウトになる。ファウルも一発アウト。Baseball5にはストライクもボールもない。ピッチャーもキャッチャーも三振もない。
公式球が500円で売っていたので1000円のパンフレット一緒に買った。重さ80g。野球のボールと比べると軽いが、ズシンと重量感がある。柔らかいが思い切り手打ちしたら痛い。グローブもないから守備側も痛い。しかし、この痛みに意味がある。競技としての凄みが生まれる。
5人で守るベースボール。ファースト、セカンド、ショート、サードの他に「ミッドフィルダー」というポジションがある。主にバッターの真正面か、二塁ベースの後ろ、野球でいうセンターのポジションを守る。
壁まで18m。野球のマウンドからキャッチャーよりも距離が短く、ノーバウンドで壁に当たればアウトになる。力が正義にならない。勢いが強すぎると壁に跳ね返ってアウトになってしまう。
正方形のバッターボックス、正方形のフィールド。スポーツウェアもオシャレ。その果てに生まれるもの。それは「男女混合」
プロレスにミックス・マッチはあるが競技スポーツで男女混合は珍しい。2人だけでやる卓球やバドミントンはあるが、5人制の野球で男女混合が成立する。ジェンダーレスの世の中の最先端を走っている。
究極のスクエア。究極の水平思考。昭和のギラギラ人間からすれば物足りないかもしれない。しかし、バッシング社会、否定大国である令和の世界には最も必要な思考である。
野球はピッチャーが投げてゲームが始まるが、Baseball5ではバッターに主導権がある。ミスは一発アウト。7割の失敗が許される野球とは何もかもが違う。あらゆるものを引き算。
野球は足の競技だが、まさにBaseball5はベースボールの真髄を体現している。スピードisジャスティス。
しかし、スピードがなくても頭ひとつで活躍ができる。女性のほうが活躍する試合も珍しくない。野球における最大の正義であるホームランがアウトになる発想はなかった。三振もない。試合中もDJが音楽をガンガン鳴らす。『Get Wild』『Lose Yourself』。どれも合っている。
Baseball5には元甲子園の優勝投手や、野球を経験していないアスリート、タレントも混ざる。みな笑顔。接触があれば謝る。アウトになっても全力で走れば拍手。ミスを責めない。
走攻守、ベンチ、常に笑顔。エンジョイ•ベースボール。
決勝戦に進出したのが「ジャイアンツ」。辻 東倫(つじ はるとも)は2012年のドラフト3位の内野手。プレステ2のプロ野球スピリッツで遊んだことある。
さすがに打球が桁違い。プロの世界に一歩でも足を踏み入れた人間の身体能力は同じホモサピエスとは思えない。野生動物を見ているよう。アフリカのサバンナにいる感覚になる。
ジャイアンツチームには元プロ野球3人と現役の読売ジャイアンツ女子チームの選手が所属。準々決勝で大活躍したのが田中美羽。女性が同じチームで20代の元プロ野球選手と同等かそれ以上の活躍ができてしまうBaseball5。
閑話休題。決勝戦の前に腹ごしらえで家系ラーメンを食べようと思ったら『ファイヤーバーグ』なるチェーン店を発見。「ハンバーグ」「ザンギ」「手作り」の誘惑に弱い。関東では関内にしかない貴重な店。パスタの300gは多いのに、ハンバーグの300gはなぜ一瞬でペロリなのか。
Baseball5は社会人の部と高校生以下の部に分かれる。
甲子園が日本中を沸かせるように、Baseball5も学校教育として普及してほしい。野球、ソフトボールと三本の矢になる。
場外に打ってしまったら観客にお詫びに来る。礼儀も麗しい。球児たちのBaseball5。一瞬の永遠。
仲間がヒットを打つたびに盛り上がるベンチ。少人数だからこそ、全員に打席が何度も回り、全員に守備機会がある。
Baseball5はスターティング•ファイブが対戦相手とハイタッチしながら入場する。
このスポーツを象徴する光景。必ずやオリンピック種目になるだろう。
野球の旨みである三振、ホームラン、スライディングを排除したBaseball5。男女混合の無限の可能性、野球にない濃縮。ダイナミズムが失われる分、プロスポーツにはなりにくいだろう。いや、その発想すら古いかもしれない。
元プロ野球選手&現役女子プロ野球を破って町田市が優勝。これをダイナミズムと言わずしてなんというか。
新宿に10年以上住んでて初めて見る都庁の配色。青空の下でやる野球と、室内の照明でやるBaseball5みたいだ。新たな夜明けをライトアップで祝福していた。